社内の休憩室で昼食を食べている時、不意にあの不思議な電波系とでもいうのだろうローの事が頭に浮かんだ。
別に大した事はなくあの時の会話や忽然と姿を消す事ばかり。
なんの気配もなしに現れたり消えたりと正にこういう人を世は神出鬼没というのだ。
(本当にミステリアスな人)
目付きも黄色っぽくてどこか異国の地にでも住んでいるような気がする。
ジャングルを思い浮かべふ、と吹き出す。
周りに人がいなくて良かったと安堵しながら途中の箸を進める。
(ジャングルって……ふふふふ!おっかしーっ)
でも居たら居たでやっていけそうに思える。
もし、彼がジャングルにいたとしたらリーシャはきっと毎日ローの捕ってくる魚を捌くのも有りかもしれない。
「て、何妄想しちゃってんだか」
勝手に想像して理想を沸き立たせるのはさすがに本人に失礼か。
それに自分には彼氏がいるのだから浮わついてなどいられない。
もし浮わついている事が知れれば彼は、きっと。
(今度こそ殴られるだけじゃ済まないかも……なんて現実的過ぎて笑えないや)
本当にいつか殴り殺されそうだと思えてくる。
日に日に、ほんの少しずつだが痣が一度で増える事が多くなった。
誰かに頼る事も助けを求める事も出来ない。
この現代社会では一度プライバシーが知られてしまえば逃げる事も隠れる事も至難の技なのだ。
それに親にも知られたくない。
恥ずかしくて悲しくて、もう何が正しくないのか麻痺した脳では考えられなかった。
「あの人、また居るといいな」
相談出来ないと分かっていてもローと軽く話せばきっと楽になれるだろうと有りもしない確信もない根拠が胸をキリキリと締め付ける。
会いたい、そう呟いた心は既に悲鳴を上げすぎて喉が壊れていたのかもしれない。
終電のホームに立つ。
また椅子に座っていないかと期待したが彼の姿はなく落胆した。
ここまで落ち込む自分に驚きながらも黄色い線まで足が止まる。
すると目がぼやけるような感じに疲れているのだと直感した。
ふらりと身体が傾き数歩前に足が進む。
(もし、このまま進めば)
楽になれる。
「おい」
「!?」
突然腕を掴まれグイグイ後ろへ引かれる。
慌てて転ばないように足を後退させ振り返るとローがいた。
更に驚き謝る。
「死ぬ寸前だった、気を付けろ」
「本当にすいません。少し疲れていて目眩がしたので助かりました」
「それなら構わねェ」
(それなら?もしかして自殺しようとしてるとか思われた……?)
一瞬過ぎた考えだがこの人にそんな女だと思われたくなかったので何とか弁解したかったが、敢えて彼は何も特に言わないのに自ら申告する気にはなれない。
それにやっと会えたのだから嬉しくなり今日の出来事を話したいとローに話しませんかと持ちかける。
頷くのが見え気持ちは先程と打って変わり浮上して上機嫌。
「そういえばローさんは今日は何を食べましたか?私は地味なお弁当です」
「自分で地味とか言うのかよ。つーかわざわざ弁当の話をすんのか」
くつりと笑う彼にふふ、と笑いそうだと答えた。
やはりローと話す時が一番楽しい。
_7/21