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真夜中、恐らくもう殆どの船の人間が寝てしまっている時間。
そこで起きているのは今の所ローとリーシャだろう。
ローが言うには見張りも起きているので能力で外に出るらしい。
連れ去られて初めて外される鎖に首を触る。
どうやら素材は良いらしく、あまり付けた後の痛みというものは感じない。
ローは鎖の代わりだと言って手を繋ぐ。
繋ぐという動作に関しては懐かしさはなかった。
と言う事は、もしかして彼の恋人という発言は嘘なのかもしれない。
それとも、彼が繋ぎたがらないか、自分が繋がなかったのかもしれない。
古今東西、全ての恋人が手を繋ぐ訳もないので、可能性としてはありそうだ。
彼を見ているとそういういちゃつきを好みそうにない。
いや、己が勝手にそう感じているだけで、本当は情熱的な男の場合だって捨て切れないが。
感情には出さないが、目がとても感情を出す。
ローの場合、良くこちらを欲情の色だったり、悲しい色だったりと意外と豊かな素顔を見せる。
「あ、外」
考えている間に外へ出ていたみたいだ。
「この島は流れ星がよく降るらしい」
「わざわざそれで此処へ?ローさんはロマンチストなんですね」
馬鹿にしたのではなく素直な感想だ。
「そうだな。ロマンチスト……っつーよりは、ただ、記憶が戻れば儲けもんだと思っただけだ。非現実的な合理性だろ」
「……何か意味が正反対ですけど、ローさんがそこまで言うのなら、貴方の記憶はさぞ良いのでしょうね。少しだけ思い出したくなりました」
冗談を少しだけ言うとローは腰かけられる所に座って、膝の上にリーシャを乗せる。
どうやら手を繋ぎそうにないと思っていたのに、膝の上に乗せるという動作をするいちゃつきが出来る人だったようだ。
恥ずかしくて身を捩る。
居心地がとても悪い。
不快ではないが、落ち着かない。
「上を見たらそんな事気にならなくなるんじゃねェか?」
やった本人に勧められて上を見上げると満点の星空に流れ星がチラチラと見える。
あまりの迫力に声が出ない。
口を間抜けに開けるという事をしてしまう。
ローは虫が入るぞ、なんて脅してくるので意識をハッと戻す。
慌てて口を閉じてから再度見上げるとローが同じように上を見ている状態で「流れ星に三回祈ると叶うっつーやつ、やれよ」と言われる。
「ローさんはしないんですか」
「生憎、俺はそんなもんで叶うなんて思ってねェ」
「なのに私に勧めるなんて矛盾してません?」
可笑しくてクスクスと笑う。
「お前が叶える分には俺に影響はない」
「…………そうですね。願わくば、次に生まれ変わる時は真っ白な状態で生まれたい、かな」
記憶を持つというのは案外大変だ。
前の業、カルマが引き継がれているようなものだ。
悪い事も良い事も、楽しいのも悲しいのも、全部全部、白紙にならない。
今の人生が始まりだなんてとても思えない。
「?、何言ってる。俺に分かるように祈れ。何なのかさっぱり分からねェぞ」
「そうですね。知らなくても平気だし、死ぬわけでもないですから」
はぐらかして、少しでも会話を流す。
ローは賢い人のようなのでそれを察してくれた。
「……お前は前からどこか生きる事に消極的だ。理由を言え」
そんな命令口調で偉そうに言われる。
イラッとは何故かしなかった。
彼を知人として知っているからだろうか、どうにもそれが彼らしいと思ってしまう。
「そうですねえ……単純に、ただ失望したくないだけなんですって理由ですよ?」
リーシャはそれが嫌だから希望もいらない。
絶望ではなく失望。
絶対ではなく、絶壁でも崖っぷちでもなく、失望。
無くすこと、無くなる事、無に返されること。
自分はどんな事になってもそれはそれだ。
相手が居なくなったり、そういうのが嫌というか、虚しいのだ。
この世界は人に優しくない、種族に、命に優しくない。
かと言って、厳し過ぎるとか、そんな事ではなく、厳格なのだ。
人で言う性格でいうと、真面目というか、切実というか。
兎に角、あまりにも人という存在を放置し過ぎている。
そんな印象を受ける。
この世界を表すならそんな感じた。
自分でも意味の分からない単語の羅列を並べて考えている事は分かっている。 つまり、単純に簡単に言うと、リーシャにとってこの世界は厳しすぎる難易度なのだ。
海に出れば死ぬ、陸に居ても死ぬ、人と暮らしても死ぬ。
死亡フラグが所々に転がっている。
そんな中で生きようとするのは大変というものを超越していた。
現に、二人の少女と旅をしている最中に海賊に襲われて殺されそうになり、あのまま奴隷になる所だったのだ。
あの二人が幾ら強くても限度や限界があると証明されている。
「この世界は、私にとって鬼門なんです」
「…………確かにこの世界は優しくないな」
ローはどうやら何か考えていたらしく、黙って聞いていたのだが、ぽつりと零す。
「だが、お前も俺も生きてる」
「それはローさんがきっと強いからです」
「………おれだって嫌でも強くならざるおえない人生を送ってるんだ。初めから強かった訳じゃねェ」
「私も、弱いけれど、悪運だけは人よりも強いらしいです」
ローの生い立ちも知らないし、どんな事を見てきたのかも知らない。
リーシャも人には言えない事があるから、別に深くは聞く気はない。
「お前はこれからもあの二人に生きている事を伝える気はないのか」
「私なんて、あの二人のお荷物にしかなりえません。この世界で暮らすのなら、この場所に住むのなら、未来を阻害してしまう私は、居ない方がいいんです」
「お前は前に別れる苦しみ、離別の苦しみは嫌いだと言ってたな。それをわざわざあの二人に体験させるか?お前が嫌う感情を」
責めているつもりはないのだろうが、後ろめたいから責められているように聞こえた。
耳が痛い。
「そうですね。時間が解決してくれるのを頼るしかないです。彼女達はまだ若い。私と居るよりも選択肢は沢山ありますから」
ローの方へ向いて笑った。
彼はそれを見てから「葬式でもするか」と言ったのでそこまでしてもらう必要はないと思ったので首を振る。
「そういや。もし死亡扱いされたら新聞社から席を外されるんじゃねェか?それはいいのか」
「………盲点でした。けれど、どうせ故郷に帰ろうと思っていたので丁度良い機会ですよね………」
リーシャはクスッと笑みが漏れた。