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そんなこんなで宿で過ごしていると凄い音が部屋に居ても聞こえた。
あと一時間後に来る定期船の事を心配しつつも窓から見ると海軍の船が見えた。
「まさかの地獄絵図」
この島と共に沈むのか自分は。
悟った顔をしていると何となく外に出てみた。
此処に居ても安全という保障はどこにも無いのだ。
とぼとぼと出ると向こうから何かやってくる。
ヤケに大きい人間だな、と感想を抱いていると先頭に居た男が方向を変えてこちらへ一直線に駆けてくる。
「え?まさか此処に来るの?」
尋常ならざる事態に眉を顰めると関わりたくないので早々に宿に引っ込む。
それから五時間程した後、この島の事態は沈静化しつつあった。
今日はとんでもない厄日だと思ったが、いつもの事かと苦笑。
長い息を吐いてからベッドで幾度か目になる寝返りを打つ。
「呑気な女も居たもんだな」
「?………!?」
部屋の中を慌てて見回すと不審な男が立っていた。
誰だと質問すると男はこちらが怪訝になりそうなくらい顔をしかめる。
「記憶喪失!………くくく、本当に厄介なものに好かれるだけはあるな。リーシャ」
何故名前を、と考えている間に男は移動した。
こちらにやってきて徐に刀をスラリと抜く。
刀を持っているのは不法侵入している時点で分かっていたが、ストーカーちっくなこの男性がまさか一般人の自分にその刃を向けてくる等とは予想していなかった。
凄く無抵抗な女を切る趣味の殺戮者なのかもしれないと今更ながら恐れおののく。
「余計な事は考えても体力を奪われるだけ。ただ、少し話したいだけだ」
「でもでも、貴方刀握ってますよね?」
動揺して舌を噛む。
脂汗がダラダラと背中に落ちていく。
「お前が海に落ちたと聞いて死んだと完全に思っていた俺の勘違いで俺は凄く今、歓喜と苛立ちとムカつきが全身から出てきそうなだけだ」
「え?あの、もしかして、私の知り合いですか?でも、その割りには………」
どう見ても普通の一般人に見えない。
リーシャのニュアンスを感じたのか男はクスッと笑ってその刀をズバリと振りかぶる。
全く人を切れる距離ではないが、この世界には残撃という飛ぶ技もあるようなのでその類の可能性がある。
目を閉じてしまうとその途端、何か風が体を通り抜けた。
それが四回。
しかし、痛みは無い。
けれど、手や足が辺な所に当たるし、体も傾いた。
慌てて反動で目を開けると、まさに此処は地獄の沙汰だ。
体の大事なパーツが四方八方に転がっているのに、その手足は何故か、体が繋がっている時と同じようにジタバタと動いている。
目を零れそうな程見開くと男の足音を耳が拾う。
「お前をキザむのはそういや初めてだったな………フフフ」
この男は完璧イかれていると判断するのは直ぐだ。
これは恐らく悪魔の実の能力だろう。
魔法が存在しないこの世界で人間離れしたこのような事を出来るのはその存在だろう。
手足を動かしてもどうにもならないので、取り敢えず体力を温存しようと暴れるのを止めた。
「おいおい、抵抗を止める奴がいるか。相も変わらず命を粗末にする奴だな」
いきなり襲ってきた男に言われたくない。
男はこちらの前に来ると手を掴んでそのまま持ち上げた。
「はァ………お前、今でも厄介事に巻き込まれるって事は、自分の命はどうでもいいって事だな?なら、おれがお前を飼ってやるよ」
「は?」
待て待て、と思った。
「嗚呼、記憶喪失だったか、確か。おれはトラファルガー・ロー。思い出したか?馬鹿女」
定期船で帰ろうと思った矢先にとんでもない展開が待ち構えていた。
意識喪失をしている間にどこかへ移動して連れて行かれたらしく、目を開けると手足に太くて頑丈そうな鎖が填められていた。
まだ首にないだけマシかもしれない。
「起きたか」
横を向くとあのイかれた男、トラファルガー・ローが居た。
「あの、私の荷物は………」
「持ってきた」
簡潔に言うローはこちらへ来ると、こちらが二度見してしまうくらい優しく顎に手をかけて掬う。
「一通り診察した。優秀な医者に見てもらったようだな」
「ええ。海から拾い上げてシャボンディ諸島まで送ってくださいましたので」
下手に逆らわないでおこう。
「…………無事だったなら経緯なんて些細なもんだ」
「は、はあ………所で、この鎖について聞きたいのですが」
「飼ってやると言っただろ」
「もしかして、私は性欲処理なのですか」
海賊らしいその男、リーシャという異性を誘拐した理由等考えるまでもない。
「記憶喪失は案外面倒だな………」
ローは苦汁の表情を浮かべると舌打ちする。
「記憶が戻るまでは我慢してやる。キスくらいはするがな………くく、どうした?顔が赤いぞ?」
「…………いえ」
どうやらこの男は記憶が欠けた中にある知人らしい。
もしかして恋人だったのだろうか。
「あの、私達、付き合ってたんですか?知り合いなんですか?」
「嗚呼。知り合いだ。結構長くなる。関係は………フフ、気になるか?」
当然だ。
恋人とかなら忘れられて怒るのは当然だし、と考えている。
「恋人だ。もう三年になる」
「そ、そんなに……」
「だが、肌を重ねたのは最近だ。お前はプラトニックが良いとダダを捏ねたから三年待った」
(確かに私はプラトニックだしなあ)
ローの言う通り、知り合いなのは本当らしく、こちらの性格を熟知している。
記者と言うのも、厄介に巻き込まれる体質なのも、厄介な巻き込まれた内容も知っていたので疑う余地はない。
マイとヨーコの事も知っているらしく、この船に居るらしい。
しかし、彼女達はリーシャをどうにか探そうと躍起になっている。
なので船を出して、襲われて落ちた場所に行こうとしているらしい。
それを聞いて蒼白になりながらも生きている事を知られたくないと心が震えた。
「死んだ事にしたいと思ってるか?」
まるで心を読んだように告げるロー。
それに何度も頷くと口元を上げていく男。
「この部屋で大人しく飼われるなら隠してやる」
悪魔の取引に応じた。