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アリサとMを満たす会話をし続けるのに限界を感じて退散した。
逃げれると判断した場所に身体を滑り込ませる。
安堵の息を吐いていると後ろからコトンと物音がして咄嗟に振り返った。
こちらを射抜く鋭い目にホッとする。
休息していたらしいローがコーヒーカップを置いた音だったようだ。
目が合ってしまったので取り敢えず同室失礼しますと断りを入れておく。
此処は船員達が休憩を入れるときに利用される給油室のような小さな一角。
コーヒーをいれられるので今のローみたいに居座る人も居る。
このまま立っているのも疲れるので適当に椅子へ座って溜まっていた息を深く吐いた。
それを聞き取めたからか彼が口を開く。

「こういうのは茶番って言うんだ。その疲れもあの女の処理に手間を取らなくて済んで良かったな」

そういえばローはアリサを地下牢に押し込める云々と言っていたのでその手間の事だろうか。
というか、彼のアリサを騙して捨てる作戦は白紙になってしまったのかと気になり、それを聞いてみるとアリサがわざわざやってきてこう言いに来たと言う。

『トラファルガーさんの悲惨な捨てられ女という鉄板シナリオも捨てがたいんだけど、アリサはリーシャ様のあの容赦のない平手打ちが忘れられないので私と別れて欲しいです』

もう我儘女の片鱗も無い。
それどころかローに騙されていたと理解している辺り、彼女がどれ程悲劇を感じたかったかの執念が垣間見える。
ローも流石にその言葉には舌を巻いたと言う。
アリサが実はかなりの策士という事や頭が回るかもしれないという可能性があるとも言い出され、納得してしまいそうになる。
演技力はローもリーシャも騙せてしまう程洗礼されており、頭の回転には今までの行動で辻褄も合う。
人を苛つかせて蔑ませようとしたのだ。
只の考えなしの女ならばここまで出来ない。
島に降ろしてしまいたいとマイとヨーコが嘆いていた頃を思い出して、あれも全部己に不幸が降り掛かるようにした結果だと今なら分かる。
服を買うお金が無いという事も、船での質素な生活も。
では、何故キッドの所に残らなかったのかという疑問が残る。

「リーシャ様ー」

「呼ばれてるぞ」

「今は心に余裕が無いので無理です」

「フフフ。時期慣れるだろ」

適当な事を良くまあ言ってくれる男だとジトリと見る。
彼女がMだったという衝撃の事実を知っている上での他人事発言になら立場を代わってくれと言いたくなるのは当然。
ローならばSっ気があるので相性は良いのではないか。
そう思ったのでローに勧めてみる。

「この船って空き部屋ありましたよね?」

「…………あんなドM女はいらねーからな」

「………ちっ」

「おい………押し付けようとしてるな」

三人も面倒を見るなんて難しい。
なのに、一人はとても性格に難があるし、しかも、リーシャを気に入っている。
こちらの不幸にあやかろうとしているのが全面に押し出しているので更に面倒な空気が漂っているのだ。
彼に押し付けようとしたのはそれも関係がある。
ローの船ならば人が増えても何ら困る事ははないし、良い考えだと思ったのが、どうやらロー自身もノーサンキューらしい。
まあ厄介事を積みたくないのは誰でも同じなので諦めた。
それから二人でティータイムをしていると船員がローを呼んで自然とお開き。
彼は船長だから多忙だし、七武海になってからもより増えているようだ。
ご苦労な事だ。
というか、そんなに働くのが好きなのだろうかと思うくらい彼には沢山肩書がある。

「じゃあまた昼に」

「あ、はい」

そのまま部屋を出るのかと思ったから声を掛けられた事に驚き返事が遅れる。
それにローはこちらが動揺するのを予期していたのかフッと笑みを浮かべて去った。



ローと解散になった後は特に予定も無いので宛のない散歩をした。
現在進行形で進んでいると船員達とマイ達が鍛錬に勤しんでいる光景があったので窓から見る。
元気な声が聞こえてくる。
男達の中に華奢な彼女達が居ると二人は強いんだなあ、と改めてしみじみ思う。

(私には真似できそうにないや)

その横を向くとボクシングの練習のように柔らかいクッションを支えているアリサが見えた。
打撃が身体に響くからという安直さの刺激を求めて鍛錬の作業を申し入れたのだろうなぁ、と何となく敬意を察してしまう。
一撃入れられる事に嬉しそうにしているのを見ていると(あれは真似したくないなー)と目を眇めた。
ローは此処には居ないようだ。
船員達も良くアリサの事や参加を良しとしたものだ。
リーシャは何となくその光景をぼんやりと見て過ごす。
外はカラッとした晴天。
鍛錬日和だろう。
ヘラヘラしているアリサを見ているとどうにもあの我儘アリサが幻だったのではないかと思ってしまうけれど、彼女の仮の姿だった訳だ。

(アリサって結局元の世界で不服に思いつつも虐げられたい願望をずっと持ってたっていう事?凄い賢いってローさんは思っていたけど………あれ見てても賢いって部分はピンとこないな〜)

というか、本当にアカデミー賞的なレベルだ、それが事実ならば。
賢いのにMなんて、ある意味才能をひけらかしている様に感じる。
見ているとこちらに気付かずに汗を流していたヨーコが、戦っていた相手に転ばされた。
甲板は硬いので痛そうだ。
思わず痛そうだと声に出してしまう。
止めたいけれど、彼女達は強くなりたいと望んでいるからあそこで戦っているのだ。
それを邪魔したくないとも思っているので口を挟むに挟めない。
モヤついた気持ちのまま眺めていると後ろから声をかけられる。
黄昏れているのにとだらだらしつつ振り返るとローだったので大きな船の中なのにしょっちゅう(良く)会うなとぼんやり思う。
こちらがボーッとしているからか口元が不機嫌そうに曲がりズカズカとやってくるので別にわざわざ構わなくても良いのにと不思議に思う。
というか、こちらがぼんやりと応えるだけで拗ねたようになるなんて可愛いではないかとついつい出来事で思ってしまった。
少し気恥ずかしいな、と表情を隠す。
ローに対してこうやって態度について考えるなんて恋仲(言い方が古臭いと言われそうだ)になる前は全く思わなかったのに。
顔が熱いと手を頬に当てると視界に腕がヌッと出てきて反応する前に顔の輪郭に沿ってユルリと顎を撫でられた。
まるで恥ずかしがっているのを見透かされているようだ。
頬を撫でられた後に耳に息遣いが聞こえて生温くて背筋がゾクゾクするテノールが鼓膜を溶かす。
勿論本当に溶かされている訳ではないものの、耳に入れたくないと思う程羞恥心が簡単に湧いてしまう。
恋仲になる前はこんな風にされても勘違いや好きにならないように感情を自制出来ていたのに。
ローのこの行動に同じように出来る芸当は持っていない。
そんな性格でも小悪魔でもないので耐えるか逃げるかしかないのだ。
今回は逃げの一手。
顎を逸らしてこれでもかと持ちうる限りの反射神経を使い走る。

「今日の夜、待ってる」

「待たなくていいです〜っ!」

走りながらドヒュー、と駆け抜けた。
ローが見えなくなる曲がり角で一旦止まって息を整える。
喉が荒く酸素を求めて咳き込む。
まだ居るのだろうなとゆっくり曲がり角の死角から廊下を除く。
居なかった。
歩くのが早いから此処から去るのも早いのかもしれない。
でも、これで走る必要もなさそうで安堵。
またチラチラ見てからしっかり居なくなった事を確認してから歩む。
船員達に赤い顔を見られるのは嫌なので熱った体温を手で仰いで(所詮は気休めなのだが)冷ます。
これもそれも全部ローが意味深な事を言うからだ。
夜なんて、待っているなんて、絶対にいかないもんね、とローが見ていない今、イーッと歯を見せて唇を横に伸ばしてみせた。
この歳にやると変に隠したくなる。
普通は舌を出してやるのが主流だが、あまりやりたくない。
誰も見ていない事を確認してから早歩きで滞在中の部屋へ戻った。



ローの船に滞在している間にマイとヨーコとリーシャの三人で第二回『アリサ査定』を行い緻密に話し合いをした。
緻密と言ってもお菓子に手を伸ばしてだらだらと個人の意見を出し合うだけであるが……。
その結果、もう連れていこうと決まった。
何かトラブルがあれば無人島に島流しというアリサにとっては万々歳の処理となろう。
という前提での事をアリサに伝えるとむせび泣きながら喜んでいたので少し引いた。
そんなに嬉しいなんて、よっぽど元の世界では色んな事に縛られて好きな事がやれやかったのだろうな。
口元を引き攣らせながら出発の日を伝えた。
ローにいつものように迫られつついなす事を覚えたのできっと頭上に『リーシャはレベルアップした』と表記されている事だろう。
今回は回避出来たので期限は上向きである。
ニコニコと笑っているこちらに対してローはムス、としているので船員達が困惑しているし、周りがコソコソと「痴話喧嘩か?」なんて言っていた。
違う、断じて違う。
ローとは痴話喧嘩何て本気でしてしまったら物理的に負けてしまう。
戦闘力からして微生物と人間くらい差があるのに。
相手が相手なのでマイ達も苦笑しているだけで助けてはくれない。
アリサは差ほど気にしている素振りもなく、興味は無さそうである。
前までの我儘女の片鱗等無い。
此処で我儘女(本物なら)だったならばローに擦り寄りリーシャを睨みつけるなりするだろう。

「ほんとに大女優だねえ」

しみじみと言う。
それくらいケロリとしている。
そう言えば、アリサにキッドの所へ何故留まらなかったのだと聞くもアッサリとした簡潔なものを言われた。
彼女曰く、

『私はね、死にたい訳じゃない。死ぬ程不幸な目に合いたい、只それだけ。だから、死んだら死にそうな目に逢えない』

らしい。
理解出来るようで難しい彼女の頭の中だ。
出航の旗を張ると船は大型潜水艦から離れて騒がしいハートの面々との暫しの別れに手を振った。
愛も変わらずローは居ない。
照れ隠しというか、きっと出る必要性がないとか、柄でもないとか思っているのだろう。
あくまでこちらの推測や想像ではあるが。
出航してから食事はローの所に居た時よりも品数も少なく決して豪華では無い。
出来るだけ美味しくなるように工夫しているものの、劣化感は否めないが、アリサは不満に思わないのだろうか、とマイが言うと彼女は寧ろ質素な方が質素なご飯を食べている自分が良いと言うので三人は「あ………そう」と言う他になかった。
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