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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
98
ローの船の滞在を継続中に、少しフラッと思い立ち中型船を整理。
暇な時は無性に整理したくなるのは何の習性なのだろう。
ゴソゴソと机を広げているとノートがパサッと落ちた。
何の変哲も無い何も書いていないノートなのでサラなのかな、と何の気もなくペラペラと広げると、そこは白紙ではなく、文字の羅列がひしめいていた。
どうやらどちらかの私物らしいと慌てて目を話そうとするが、目が勝手に文字を読む。
意識無しで呼んでしまうのは反発力であろう。
不可抗力であるし、心の中で謝ってから読んでしまった箇所の意味を探る。
これは、その日にあった事だろうか。
良く見てみると新聞の切り抜きもある。
二人分の文字の形に、どちらも参加しているのだと知ると、このノートの意味が更に分からなくなる。
新聞の記事にも似ている気がするけれど。
思案しているとガチャりと音がして扉の方へ向く。
誤魔化している余裕もなく現れたマイに慌ててノートを机に置く。
それを見ていた彼女は暫しハッとした顔をしてこちらへ来る。
その姿は秘密がバレてしまって隠そうとしているように見える。
どうしたのだろうとボケッとしているとマイがノートを机から取ると抱えた。

「あー、っと……勝手に見ちゃってゴメン」

バツが悪くなって謝るとマイは唇を結んで表情を固くする。
どういう理由でだろうと色々な考察を考えた。
例えば、見られたのがそんなに嫌なのか、それとも照れくさくて隠したのか。
こっちは全くそっちの仕事をしていないけれど、一応記者であるわけで、それで記者ではない自分達の記事を見られるのが億劫なのだろうか。
暫しの無言が空気を包んでいる。
先に口を開き、意外な一言を貰う。

「リーシャさんも……やりませんか?」

「……え?私……?」

何故誘ってくるのか分からなくて戸惑っていると一つの思い当たる真実へ辿り着いてしまう。
そんな、まさか。

(そ、そんな訳、ない……だって証拠ないし……)

マイは直感を持っているから可能性はある。
タラッと冷や汗が伝う。

「悪いよそんなの。それ、今まで二人がコツコツやってきたんでしょ?間に割り込むなんて」

「いいえ。元はと言えば貴女の代わりに始めたので、寧ろ入ってもらえると漸くこのノートは本物の新聞になります」

「……!」

ハッとしてから、力なく笑えてきた。

「知って……たの?いつから?」

「ハッキリとは断言してません。何となく、ですね……別に何か悪い事を考えていないので、言われなくても私達は受け入れてますよ」

「……私は貴方達、ひいては自分に嘘を付いてる」

私は一つ、嘘を持っている。
些細な嘘だが、自分にとっては拠り所である。

「私、記者でも、会社勤めでもさ、ないんだ」

リーシャは記者であろうとした。
この世界の情報規制は生半可ではない。
鬱蒼となり、気が落ちてきて俯く。
彼女の目を見られないから顔を上げられない。
ロー達も誰も知らない事。
知らないのも知る術もないので、彼等には何も疑われないし、教える気もなく、墓まで持っていくつもりだったのに。

「バレる要素はなったから、バレずに終わると思っていたのになあ。でも、誰かに嘘を吐く為に嘘を言った訳じゃないよ?」

乾いた笑みを浮かべて上を向かないまま尋ねると彼女は「それは私もヨーコも理解してます。でも、貴女が記者でなくとも、貴女自身に私達は一緒に居たいんです」

嘘付きと呼ばれても可笑しいのに、彼女の声音はとても優しい。
受け入れられている事実が上手く飲み込めなくて目を瞑ると、身体にふわりと暖かな温度が包み込んできた。
抱きしめられている事に気付いた時は唖然として、心が震える。
どうして、今抱きしめられているのだろうかと、マイの気持ちを汲めない。
誰かに責められたり、距離を置かれる事を覚悟していたのに。
マイ、と小さく呟くと彼女は返事を返してくれた。
もう口も聞きたくないと嫌われてしまうと思っていただけに、応えてもらえた事に戸惑う。
抱きしめられるなんて、ロー以外は久々だ。
彼とマイはどこか違う安心感に抱擁されて、何が違うのか。
鼻がツンとして目頭が熱くなってきた。
泣いてはいけないと我慢。
だが、マイが涙腺を緩ませようと口を開くので我慢出来ない。

「例え貴女が裏で人に言えない事をしていたとしても私達は付いていける自信がありますよ。勿論、軽蔑なんてしません」

例え何者だとしても付いてきてくれる宣言に益々涙が下の瞼に溜まっていく。
マイを見上げるとそこには侮蔑の視線もなく、穏やかに笑みを携える少女。

「だから、これからも宜しくお願いします」

マイはポンポンと背中を叩く。
コクコクと頷くしかない。
それから当分の間、同じ状態のまま過ごした。



夜中に突然お腹が痛くなってきたのでトイレに向かう。
夜にアイスを四つ食べたのが過度にいけなかったようだ。
けれど、種類が四つもあるのだからコンプリート心が疼くのだし、仕方あるまい。
お腹を労りさすさすしていると暗闇に人影が通り過ぎる。

「きゃあ!」

こちらの叫び声ではなく相手側の声だ。
煩いと耳を塞ぐ。
ランタンが揺れるのが視界の端に写る。
相手の顔を照らす為に前へ手をやると長い髪が見えてアリサだと知る。
まあこんなに声を出して怯えるのはこの船に一人くらいしかいないので察していたけれど。
アリサはこちらがちゃんとした人間だと知ると怯えていた癖に怒り出した。
怖がっていたのに怒れる気力があるなんて驚きだ。
というか、ちゃんとランタンを持てば良いのに月明かりで歩いているから怖い思いをするのである。
アリサは怒鳴るのに対してリーシャは冷めた目で眺めているという異質な空気。
夜中なのに怒鳴るなんて余程考えが回っていないのだろう。

「もう寝ますから。おやすみなさい」

「ちょ、ちょっと!」

止めに掛かるので溜息を付いて振り返る。
今何時だと思っているんだというものを遠回しに言うと怯む。
でも、勢いは弱くなったものの文句を言う。
だから夜中だと言っているのに。
寝かせて欲しいのだが引き止める理由が分からないし、そっちも早く寝れば良いのに。
眠たい目を我慢して相手の言葉を待っていると彼女は(もう勘弁)と思ってしまう事を発する。

「謝罪をまだ聞いてないんだけど」

「……脅かしてゴメンナサイね」

非常にアホらしい事を要求されたので怒りを通り越して既に遠い目だ。
何故たまたま起こった事に対して謝らねばならんのだと普通は怒る所だが、そんな真似をしたらまた煩く怒鳴られて面倒だし、それに眠い。
それだけ眠気があるので構うのも辛くなってくる訳だ。
ランタンを持つ手も疲れてきたのに早くこの茶番は終わらないのか。
少し苛ついてくるのはご愛嬌である。
アリサは「分かれば良いのよ」と偉そうに述べる。
元々マイには傲慢さで召使のように接していた事が気に触っていたのに、ここに来てリーシャにも我儘を言い出してきたのは流石に耐えられる自信がない。
リーシャは我慢するタイプではなく面倒を避けたいが為に回避するタイプなのでままならない事態には慣れっこだ。
けれど、全くこちらの事を何とも思わない相手にメラメラと何かが燻(くすぶ)る。

「もう帰っても?」

「あ、待って。ランタンは置いて言ってね」

「は?(これ私のだし)」

ランタンなんてどの部屋にも設置してあるのに置いて行けと強奪紛いの真似を言い出す女に思わず怒りの「は」を言うのは反射的な事だ。
何故自分のランタンを置いていかないといけないのか。
これが柔らかい言い方や貸すに値する人間ならば貸して欲しいと頼まれなくても貸す。
でも、アリサは取り敢えずド初っぱつからアウト。
貸すに値しないと早期に判断するのは妥当。
彼女の傲慢は今に始まった事ではないと言っていたけれど、こちらとしてはそんな事は全く、米粒程も関係ない。
こちらは良い大人だし、アリサは大人になりかけている年齢だからと言っても、この世界では大人扱いの年齢だ。
だから、彼女には耐える事や我慢といった事をしっかり覚えてもらわねば、この先陸地には住めない未来は見なくても想像出来る。
ローは何か策を立てていると言っていたが、今リーシャは躾をしなければならないと本能が言っているので反論させてもらう。
眠たいのを押し込めてアリサに「それは無理」とバッサリ断りを入れる。

「は、はぁっ!?」

(だから声が大き過ぎるってば)

飽き飽きしつつもそこは注意しないまま続けて「これは私が歩く為に持ってきたものだし、これが無いと私もまともに歩けない」と正論を叩きつける。
すると、アリサは屈辱を受けたとでも思っている顔で半ば怒鳴ってきた。
怒鳴るよりも癇癪という方が正しいと思う。
彼女は「私の言う事が聞けないの?」「パパに言いつけてやる!」と言った、どうやって?という疑問を残す事ばかり言うので流石に頭が回らなさすぎだと頭の中が心配になる。
仮に向へ帰れたとしてもどうやってこの世界の人間である存在を抹消出来るというのか。
まだ海賊を雇って殺してやると言われた方が現実味とエグミがある。
アリサは怒鳴り終えると腕を組んで怒りの表情を向けてきた。
どうしたものかと考えているとアリサの後ろに人影が忍び寄るのが見えて首を傾げた。

「馬鹿にしてるの!?」

その仕草が気に入らなったようで突っ掛かってくる。
一々反応しないで欲しい。

「なんの騒ぎだ」

アリサが後ろを向くのと同時に起こしてしまったかなと申し訳なくなる。
そう言えばここから船長室は近かった事を思い出して駆け付けた理由に思い当たるとローに謝る。
それに「全くだ」と眉を顰(ひそ)める七武海。
足音が聞こえなかったので流石はそういうのに長けていると関心して眺める。
こういうのは下手に説明するよりも後から冷静に分析しつつ言い分と理不尽さを説く方が効率も心理的にも有利になるので今は我慢しておく。
すると、ローはリーシャでなくアリサに笑みを向ける。

「此処に居ても無駄な時間を過ごすだけだ。おれの部屋でコーヒーでも飲むか?話しは聞いてやっても良い」

これはリーシャにではなくアリサに言った台詞。
この感覚に言い知れぬ思いと背筋が薄ら寒くなる事と、鳥肌が一気に立つ。
行くなと言いたかったが、歩き出した時、一瞬だけローが振り返って目で「何も言うな」と釘を刺してきた。
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