×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
97
翌日、食堂に行くと何やら雰囲気が物々しい。
ギスギスしていて、団らんと言えないものに見えた。
その理由は食卓の真ん中にあった。

(そんな……事件はもう始まっていたのね)

こういう台詞を一度でも言ってみたかった。
渋面で読解していると後ろから食堂に入ってきた音がして序でに頭に重みが乗る。

「う、重っ」

「何で起こさねェ」

「ぐーすか寝てた癖に私のせいみたいに言わないで下さい。あと、ローさん寝起き得意じゃないですよね?わざわざ地雷踏みに行く訳ないです」

「不幸には毎回巻き込まれてるのにか?フフフ」

と、そこで漸くこの異質な空気に気付いたローは辺りを見回す。
手頃な程近くに居る船員達に首を傾げてから「何だ」と疑問を口に出した。
気付くのが少し遅い。
そのせいで立往生していたと思い出していれば、マイとヨーコが座っている場所を見つけて近寄る。
二人の顔は怒気に塗られていた。
ヨーコがこんなに不機嫌なんて久々に見たかもしれない。
マイは最近プンスカ怒っていたのは記憶に新しい。
そういえばアリサはと探すと席の中央に居た。
こちらも何だか今まで見たものよりも不機嫌に縁取られている。
何か起こったのかもしれない。
こういう事が起こらないようにと気をつけていたのに、他に人がいるからと気が緩んでしまった。
話しは後で聞くとして、今はご飯を食べてしまおう。

「あー!トラファルガーさん!」

アリサが不機嫌を通り越してローに近寄る。
ローは朝からのその音量に片眉を寄せて不快感を感じているらしい。

「少しは声を抑えられないのか?」

僅かに怒りを宿した声音に気付く事なく、気を付けますと言うアリサ。
ローが話しかけるなオーラを発している事にも気付いていなさそうだ。
船員達もリーシャ達も理解して察しているのに。
ローは一度懐に入れれば気を良くして話をするけれど、その反面疑り深く、人を警戒するのが当たり前の性格。
三人の態度や言葉の濁し方からして、船員達も彼も何となくアリサが良い子ではないと感づいている筈。
そんな良い感情を何ら感じさせないのに、ローが警戒しない訳もなく、こうして臨時的に鋭い目をしている。
こういう目は、見定めて査定して判断しているに決まっていた。
リーシャも初めて出会った時はこれでもかと警戒というか、品定めをされたのが思い出深い。
その時は別に好感度どころか、無感情な瞳で見られてどうしようと常に逃亡方法を検索していたけれど。
今は昔では考えられない関係も持ってしまっている。
何となくだが、アリサだけにはローと特に親しい事を隠しといた方が合理的に良い気がした。
まァ、キッドの時に懲りていたら下手な気を起こさないと思うのだが。
リーシャはローの事に気付かない鈍感なアリサに飽き飽きする。

「私、トラファルガーさんのファンなんです!あの……ローさんって呼んでも良いですか?」

「「「!?」」」

「……命知らずだな」

船員達が驚いて、誰かがボソリと言う。
確かに命知らずの発言になる。
初対面で初めて会った人に名前で呼んでも良いかと言われて嬉しがる人なんてあまり居ない。
しかも、ローとなれば余計に呼ばれるのは多分快く思わないと思う。
顔を恐る恐る見ると見事な無表情である。
何を考えているのかはロー以外は誰も分からないので船員達がゴクリと音を立てた。
不機嫌にも見えるし、怒っているように見える。
リーシャはローを見ないように顔を背けた。
チラチラとマイ達も見ているけれど、ローがこちらを見る事はない。

「おれは名を呼ばれたい奴しか呼ばれたくない質だ」

(あれ?これって私が名前呼んじゃったらアリサさんに目を付けられるパターン?)

アリサには呼ばれたくないと拒否をしたのにアッサリと呼んでも嫌がられないのを見られでもしたらジェラシーを感じるのは何となく分かる。
いや、嫉妬しないかもしれない。
キッドの時だって親しかったが特に何かを言われた事はなかったし。
嫉妬の対象にならないだろうと楽観的に思う事にした。
もしも、これでローと距離を開けた場合の不機嫌お仕置きが怖い。
アリサにどうこう思われるよりもローの方が怖いと身体と脳にインプットされている。
ローの言葉に笑顔だったアリサの顔が不服に歪む。
どう見ても納得してなさそうだが、ローはこの船の船長なのでゴネられないのだろう。
ローはまた何もなかったようにご飯を食べ出した。
もうアリサに見向きも関心もないようだ。
ローはきっとマイ達も手を焼いている事を理解しているから良い印象を彼女に持っていないせいもあるかもしれない。
三人の顔に徒労の様子を見つけてしまったとなれば、彼らの対応も変化していく。
そうなるのが分かっていたから彼等とは遭わないようにしようと気をつけていたのに、いざ遭わないようにと思うだけで出会ってしまう確率には恐れ入る。
まあ運がすこぶる良すぎるというか。
リーシャもパッと素早くご飯を食べ終えて何故ギスギスしているのかをアリサが食堂から去った後に二人に問いかけてみた。

「あの人、一人部屋が良いって言い出したんです」

「おまけに海王類のご飯を気持ち悪いって言って……はァ……この世界はこういう所だから当然、海王類を食べるんだって分かってる筈でしょ?普通」

ヨーコも完全にアリサの肩を持つ気はなくなったようで、愚痴を漏らす。
その気持ちはとても分かるし、暮らしが限られてしまう海の上で我儘を言われるのはお門違いである。
ヨーコは青筋を今にも作りそうな顔を浮かべて拳を握った。

「あの子……考えも何もかも甘く見過ぎてる……ロー船長っ」

ヨーコは何か思い付いたのかローを呼びつつ彼の元へ寄る。
ローは食後のコーヒーを飲みながら目だけを彼女に向けるので話しを聞いてくれるらしい。
彼女は「あの子に何か思い知らせる良い方法を知りませんか?」と徐ろに言う。
マイとリーシャはその発言に互いの顔を見合わせて再度彼等の方を向く。
何故いきなりそのような事を彼に頼もうと思ったのだろう。

「アリサって多分、まだ夢か何かだと勘違いしているんだと思うんです。だから、あんまり危機感とか感じてないのかな、と思いまして……危機感を植え付けてもらえると嬉しいです。勝手なお願いですが……どうですか?」

ローが断っても可笑しくない案だ。
彼はこちらを向くと暫し考えているような素振りをするとヨーコに向き直る。
何を考えているのか全く分からないが断られないような気がした。
そう何となく思っているとローは頷いた。

「分かった。考えておく」

ローの言葉に周りは安堵をした空気になる。
ヨーコもマイも嬉しそうに笑ってローに礼を言う。
彼は再度「あくまで考えておく。過度な期待はするな」と言うのだが、二人の目は尊敬の眼差しをしている。

「それでも、百人力です」

マイの発言にヨーコが首を縦にするとローは特に何も言わずにコーヒーを飲んだ。
それを見ながらローはやっぱり世話焼きが好きだな、と微笑ましく感じた。



船に乗ってから四日が経過。
特に敵襲もなく穏やかな海の上を進む。
奇襲はないが、内輪でのギスギス感が増していた。
その原因は分かっているとは思うが、アリサだ。
アリサは変わらず自分の論を振りかざして周りを困らせている。
船の上で言われてもどうにもならない事を言われて、とても煩わしいと船員達も良い顔をしなくなった。
誰もがアリサを構わなくなり、アリサも僅かではあるが、気付きそうで気付いていない様子。
というか、普通に気付くと思うのだが、余程世間を甘く渡ってきたのだろう。
好きな物を好きなだけ与えられてきたのだとしたらこの世界はかなり辛く感じると思う。
彼女は一人で生活する事が出来るのかという疑問は考えないようにしておく。
それにても見事に嫌われてしまったのにローはどうするつもりなのだろう。
キッドの所に居た時と似ている状況に既視感。
ローの元へ行って無理なら無理と言って欲しいと良いに行こう。
特にこれといってローがアリサに近付く素振りもなく、話している姿も見ていないし、話しかけてすらいないと思う。
もしかして海から突き落とすとか物騒な解決方法を考えていないかな、と心配になる。
ローの部屋へ付くとノック。

「誰だ」

気のせいか、不機嫌な声音に聞こえた。
応えるのもオドオドして、躊躇するには失礼かと思い、しっかりと自分だと言う。
すると、入れと聞こえずにいきなり扉が開いて腕を掴まれて中へと引っ張られる。

「わあ!びっ、くり……した」

ガチャ、バタン、ドサッという音が連続で耳に響いた。
ドサッというのはローの胸板に突っ込んでいって鼻を打った音。
鼻骨がゴリッとしたし、滅茶苦茶痛い。
鼻を擦っているとローが頭上から笑みを零した。

「痛いです。何故腕を?」

「あの女かもしれねェと思えばお前だったから気が動転しただけだ」

気が動転はオーバーだが、何か彼女とあったのだろうか。
無理に頼んでしまったような形になったのは否めないので謝る。
すると彼は「俺が決めた事だ」なんて言うから、カッコつける性格ではないと分かっているので根は真面目だから、計画を練っているんじゃないかと思っていた。
だから、慎重に物事を進めている。
彼女と付き合うのは色々疲れるのは既に経験済みであった。
ローの気苦労は押して測るべき。

「ビタミン取りましょう、ビタミン」

「俺にレモンでも齧れってか?くくく」

嗚呼、漸く緩い笑みを見れた。

「ええ。これ、レモン味の飴です」

たまたまポケットに入れていたものだけれど、それでも差し出す。
無いよりはマシだと思う。
彼は不思議そうに飴を見るとユルリと手を出して飴を攫っていく。
飴を持っているのが意外だとでも思われたのだろうか。
それを想像してクスクスと笑う。

「その飴、気候が乾いている時とかに舐めている飴なんです」

「へェ……確かに飴も効果的だな」

ローはピリッと包装を破くと飴の本体を口に放り込む。
その口の膨らみ具合に面白いものを今時分は見ていると笑みを深めた。
コロコロと飴を動かすローは可愛く思える。
本人には決して口にしないが。
彼はリーシャを膝上に乗せて仮眠を取り出したので大人しく抱きまくらに徹した。
prev * 99/131 * next
+bookmark