02
そっと路地裏を見渡すとハートの海賊団のつなぎを着た集団が見える。
屯しているその姿に監視隊の面々がチャンスだと囁き合う。
(いやいや、チャンスって……)
船員達ならまだしも、ローは気付かないものなのか。
彼は能力者。
忽ち能力を使えばどこに誰が居るのか、人数まで把握出来ると思う。
彼の能力を大雑把にしか知らないが、気付いていないのだとしても、負ける。
力の差は歴然。
海兵達は頷き合い、こちらを見てくる。
指示を待っているのだろうが。
また向こうを見て人数を確かめる。
(ローさん本人と僅かな数のクルー達。もう片方の監視隊によればエレスティンと他のクルー達は監視の目に引っかかっていない……これは何かの予兆?)
既に近くに討伐隊がスタンバイしている。
どうしようかと悩んでいる間に、傍に居た海兵達が困惑した顔でこちらの出方を待っていた。
「…………一旦引きましょう」
どうにも色々疑問が残る。
彼等はこの町に海軍の駐屯基地があるのを絶対に把握している筈だ。
「敵前逃亡とは感心しませんなァ。メイス大佐」
「!……何故此処に貴方が?もう一つの討伐隊の指揮を任せていた筈ですが」
「向こうは只の海賊の下っ端。狙うは大将の首となる。今が狙い目なのです」
野心家故の滲み出る狂気に呆気に取られる。
此処は冷静に対処しようと相手に可笑しい所があると説明。
しかし、彼は心底見損なったという顔を浮かべてリーシャを指揮官から外すと告げる。
目の前の大取りに目が眩んでいるようだ。
「今ならまだ引き返せます!良く考えて下さい」
もうこの際この大佐はどうでも良い。
彼に付き従う海兵達の身だけでもと言葉を掛けても聞く耳すら持たなくなるという事態。
「貴方に私へ命令する権限はありません。直ちに討伐隊を」
「この方を部屋へお連れしろ」
「「はっ」」
後ろに控えていた海兵がリーシャを掴んでこの場所から遠ざけていく。
離しなさいと言っても無理矢理連れて行かれて、入れられたのは今や無人の海軍の駐屯基地。
部屋の一角に押し込められてしまい、閉じ込められた。
ドンドンと扉を叩いても足音は遠ざかっていく。
(あー、もう)
マイやヨーコに電話すればこんな労働をせずに済むのに。
二人は同じ女海兵であるが、扉を普通に破壊してしまうくらいは出来る。
リーシャ何て手が赤くなって叩き損するだけなのに。
どうする事も出来ないとなれば、後は壊滅する未来だ。
そうなれば助け出されるのは良いとして、もう大人しく待つしかない。
ジーッと五分くらい待ってから待機するのに飽きた。
何も無い部屋で元から何かをしないという気分ならばこんな風に思わなかったが、突然暇になったら何をすれば良いのかとなる。
時計を見たり寝ころんでみたり、髪を弄ってみたり。
爪を見てみたり、顔を触ってみたり。
微々たる時間の消費である。
−−ブゥン
「え、あ、これっ」
視界に薄い膜が広がるのが見えて、まさかの展開にどっきり。
心臓がバクバクしている。
マイとヨーコはどうなったのだろうか。
無事でいてくれと思っていると、瞬間的に部屋へ一人の侵入者が現れる。
「折角お前が珍しく指揮してたのに、あの男は見事にぶち壊したな。くくく、まァ、お陰で良いストレス発散にはなった」
今の言い回し、絶対に海軍でのあの時の会話を盗み聞きしていたに違いない。
「……マイと、その、ヨーコ達は……」
どうしても気になったので聞いては行けない相手と分かっているが、気心が知れているので我慢出来ない。
たまらずに返事を待っていると暫し無言になるロー。
敵に聞くなよと呆れているのか。
それとも二人の身に何かあったから言えないのか。
怖くて、でも聞きたくて待っているとローがツカツカと足をこちらへ向けて歩いてくる。
イヤに早足で。
彼は目の前まで詰めてくるとニヤリと笑みを浮かべて「知りたいか?」と耳元で声を垂れ流してくる。
それはとてもわざとらしく、とても艶やかな響き。
「はい……知りたいです」
「海賊に頼んでおいてタダとは思ってねェよな?」
「え、ええ。この駐屯には大したお金はありませんが、向こうにある壺が二百万ベリーだとか、自慢されてましたよ」
差し出せるものは差し出させてもらう、悪く思わないでくれと今頃気絶しているだろう大佐に心の中で謝罪。
すると、その壺の値段に食いついたのかローがそれも貰っていくと笑った。
「だが、まだ足りねェ。フフフ、こっち“も″くれるよな?」
当然と言うように差すもの、彼の指に差し示されたのは紛れもない唇という箇所。
息付く暇も無く、座っていた長いソファに横から乗っかられて押し倒された。
手を片方押さえつけられてしまい、片方で隙間を作ろうと胸板を押し返すが、やはり非力な力では抵抗も満足に出来ない。
「っ……エ、エレスティンさんに敵とこんな事したらって怒られますよっ」
エレスティンの事を持ち出して気を違う所に行かせようとしてもローは無表情から口元を弓なりに曲げてクスッと喉で笑う。
「エレスはお前の事警戒してるな……だからおれが怒られる事はねェ」
彼は胸倉を真横に引いて肩の布を引っ張る。
すると、肩が少し露出してしまう。
そこに掛かる手を止めようと片手を彼の手に重ねて引き剥がそうと試みる。
「あ、い、いたっ」
肩を丸ごと飲み込む感覚と噛まれた痛さに身悶える。
鎖骨を舐められて唇を滑らせられるという羞恥心。
はぁ、と息を吐くと、それが熱を発している事に気付く。
(駄目、私は襲われてるんだから!)
「離して、離してっ」
グッグッ、と彼の肩を下へ押すと黄色い茶色という不思議な目の色に射抜かれる。
「はっ、感じてる癖に?」
「馬鹿な事、言わないで下さい!退いてっ」
さも見透かしているんだぞというように言ってくるローに頬が微熱を宿す。
手が頬にかけられてスルリスルリと撫でられ、それを避けようと顔を背けると機嫌を悪くした声で「今お前を襲ってるのが誰なのかちゃんと見ろ」と顔を手で挟まれて正面へ向かされる。
「ん!」
噛みつくように唇を覆われて食べられそうだと感じるくらいには乱雑で一切の気遣いは存在しない。
唾液が零れても構わず口内を貪る。
舌が絡まるとその混じりは深くなり、頭が白くぼやけていく。
生理的な涙が出てきても彼は止めない。
とても聞いていられない艶めかしい口の中から生産されていく音に耐えきれず目を閉じるとローの猛進が止む。
キスだけだというのに激しく息の乱れに心臓が煩く軋んだ。
「で、あいつらは無事だ」
ペロッと唇を舐める男に意識せざるおえない。
マイ達の事だと気付くのに八秒を期した。
ローはそれだけ言うとリーシャの制服を剥ごうと動いたのでゴロッと横に移動してソファから落ちる。
「っ、情報どうも。壺を持って帰って下さい」
「は?ふざけんな。これからおれに付き合ってもらうに決まってる」
ユラッと立ち上がりこちらを連れ戻そうとする腕から逃れる為に這って前進する。
赤ちゃんハイハイの姿勢で前へ進む。
けれど、あっさり目の前に立ちはだかる男。
あっとなった時には腕を掴まれて壁に叩きつけられていた。
ちょっと背中を打った。
痛みにうう、と震えているとローが叩きつけた場所にまた身体を張り付けてキスしてくる。
その間に手がお尻を一撫でして揉む。
「ひうあ!そんなとこ触らないで下さい!」
びっくりして間抜けな奇声を上げてしまう。
しかし、感触を楽しんでいるのか手は止まらない。
恥ずかしくて死にそうな心情で我慢しているとローはペロッと耳を舐めて肩が揺れる。
此処が弱いのか、と息を吹きかけるローに身体を捻って逃亡しようと足掻く。
海賊という立場の人間に好き勝手されているのは背徳感が凄まじい。
「い、いけませっ、ローさん!」
嫌だ嫌だと目を閉じて首を振るとローは一瞬止まり手を服の前に手を掛けて左右にギリリッと引っ張り、布の糸が避ける音が耳に反響。
破いたのだと咄嗟に服を手繰り寄せるも、ビリビリなので唖然とする。
「お前が、おれに指図するなんてな……そういうのはおれより強くなってから言え」
くくく、と笑うローに涙目で襟元を押さえて睨み付ける。
大切な服を破いた事と、この格好の説明を二人の部下にしなくてはいけない事に怒りたくなった。
「生娘みたいな反応は期待してなかったが、そういう反抗的な目は悪くねェ」
ジリジリと近寄ってくるローに横へ避ける。
このまま扉へ、と思ったのに、相手はそうはさせてくれない。
――ズバッ
「あっ!?」
何度か経験した身体が離れるという不思議な感覚。
離れているのに感覚は繋がっていて動かせる。
「足があると厄介だな……フフフ」
「っ〜!ト、トラファルガー!」
ちょっと怒った。
ローさんと呼ぶのも馬鹿らしくなる。
形相をむっすりとさせて葉を噛み締めて海楼石の鎖を取り出す。
さっき上半身と下半身を切られたせいで鎖が半分切れていたが止む終えない。
ブゥンブゥンと上半身を頑張って起こして鎖を回す。
ローはそれを見ていて「ほォ……」と目を細める。
特に大した戦力は持っていないが、鎖を回して投げつけて絡める事を極めていた。
只ひたすらこれをやれと部下に言われて二人監修で人のマネキンを立てられては絡める事をやった。
その成果を今日、試すのだっ。
「っえい!」
無い下半身に力を入れて鎖を投げる。
ブォンと切った音を立ててローに向かって腕を振るう。
「……へェ……?」
愉しいと言わんとばかりに軽く避ける。
かわされた事が少し悔しくてクッと歯を噛みしめた。
もう一度と何度も回してローへブン投げる。
また足を軽快に動かして避けると彼はリーシャに向けて笑みを向けた。