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翌朝になると豪勢、というより如何にも貴族が食べてます的なクロワッサンや紅茶といった軽めなものが運ばれてきた。
個室で食べれる事程気が楽な物はないと改めて感じる。
ローも食べ出しているのを横目で見ると彼と目が合う。

「まあまあだな」

まあまあではないと思う。
どう見てもかなりのお金で買われた小麦粉や王族付きの料理人が作ったであろうものが普通という事はない。

「ローさんのその発言にびっくりです」

「飯なんてボリュームがあれば十分だ」

「でも、褒美とやらを貰うために此処まで足を運んできたんですよね」

此処から帰ればいいのにと思う。
そうしたらコックさんが喜んで作ると思った。

「偶にはこんなのもあっていいだろ」

「私はこれでもう懲り懲りですねえ。というか、早く此処から出たい」

「あんな事があればそうだろうな……ゆっくり風呂でも浸かって今の内に満喫しときゃァいい」

「そうですね。海の上では水は貴重ですしね。でも此処、というか王族はもういいです」

「くくく。向こうはお前を何故か引き留めたがってるがな」

「それなんですけど、向こうは私をリィア姫のストックか何かにでもしたいのでは?」

「へェ、お前にしちゃ頭が回るな」

(大きなお世話!)

ローはニヤニヤと口元を緩ませて誉めてくるが誉めていない。
その時、トントンとノックの音が聞こえて一人の兵士が中へ入ってくる。

「お食事中失礼いたします。リィア姫様がお会いになりたいと」

ローはその問いにイエスと答えたのでまた扉が開かれて一人のドレスを身に纏った女性が現れた。

「トラファルガー様。朝早くに失礼いたします」

(あー…………胸)

第一印象はその豊満な胸。
たゆんと揺れた。
自分の胸を見て、見た事を見なかった事にする。

(うん。負けた)

何がとは言わない。
顔は似ているのに。
育ちの良さか、食べているものの違いか。
はたまた遺伝子レベルの問題か。

「今日は改めて私の婚約披露パーティーにお招きしようと参りました」

キラキラオーラが凄い。
キラキラオーラの女性がこちらを見るとその目はきょとんとなる。

「貴女は……もしやトラファルガー様のご友人ですか?」

「いや、俺の恋人だ」

こちらが何か言う前にローが先手を封じた。
それを聞いたリィア姫はキラキラオーラを更に輝かせてにっこり笑う。

「まあ!それは失礼いたしました。是非貴女にも来て欲しいですわ」

「暇ならば行かせてもらいます」

「お待ちしておりますわ」

リィア姫はメイドを伴って去っていく。
そのメイドがあのメイド頭であった。

「……帰りたい」

「俺だってとっとと褒美だけ貰って帰りてェよ」

「じゃあ貰いに行って下さいよお」

「俺一人の問題じゃない。お前を一人城から出て行かせたら此処の奴らが何をするかって話しも実は考えている」

神妙な顔をして暴露された内容に泣きたくなる。
確かにリーシャの扱いは何かが裏で蠢いているのを予感させるには十分だ。

「時期にお前が安心できる奴らがこっちに来る。それまでの辛抱だ」

クシャ、と頭を撫でられて照れた。

「お前」

「何です?」

「また浴室に引きずり込むぞ」

「何で!?」

ワイルドな表情で言われた言葉に心が百歩引いた。



城に滞在して四日目。
婚約披露パーティーとやらは今日らしい。
マイとヨーコとも無事に落ち合えてお互いが良かったと安心していたのに、何かと付けてこの城の人間はリーシャ達を帰らせようとはさせなかった。
何を企んでいるのだろうかと日々周りを警戒しているヨーコ達に周りを固められて歩く日々ももう直ぐ無くなる。
ロー達は披露パーティーが終わったら直ぐにでも船を出航させるのだと言っていたので共に外へ出させて貰う。
ローはリィア姫を助けた(本人は間違えて助けたと言っている)褒美として金一封を貰ったらしく船員達が自慢げに話していた。
因みにリィア姫がマイとヨーコを見たいとお互いに顔合わせしたのだが、彼女達は胸に意識をやっていたのだと偏に察した。
胸、それだけは触れてくれるなと視線で黙らせたので何も言ってこない。
男ならば言う真似はしないだろうが、同性は触れてしまう可能性が高かったので仕方なくそうした。
ローは一度もその事に触れてこなかったが、胸を熱心に大きくしようと意識して行動しているのが鼻に触る。
言わない代わりに行動にされるのもそれはそれで内心ムカついた。
なので、その手を叩いた。
そしたらローはふてくされたように「喜ぶべきだろ」なんて言うので余計なお世話だと叩き落とす。
リィア姫の胸のインパクトは全員に何かを与えたのかもしれない。
マイとヨーコも何故か胸を大きくする食べ物だとか運動だとかをリーシャに持ち込んでくるのだ。
まあそんな些細な事態は今、どうでも良い。
問題は目の前に写る別人だ。

「ほあー」

ドレスアップと世間では言われるそれをされたのは今から三時間前だ。
これ程になるのに三時間を要した後に残るのは勿論気疲れと挫折。
自分で何かするわけでもないというのもそうとうクる。
グイグイと髪を引っ張られてコルセットが背中、くびれをキュッと締めた。
化粧を施されてイヤリングや綺麗なドレスを着させられる。
貴族の令嬢はパーティー毎にこんな事をしているのだと思えば貴族でなくて良かったと心底思った。
マイとヨーコもドレスアップさせられているらしい。
気になるのは何故リーシャの近くにメイド頭が居るのかという最もな疑問だ。
普通リィア姫の方に付いているべき人なのだと思う。
マイとヨーコに会う前にローが部屋にズカズカと入室してきた。
メイド頭に「何と野蛮な」と眉根を寄せて良い顔をされなかったが、後から聞いたら彼はリーシャを一人に出来ないから無理矢理来たと言うのが彼の論。
メイド頭達に二人切りにしろと言うと不満げに顔を歪めたがそれは一瞬で直ぐに無表情になるとメイド達を引き連れて去っていく。
パタムと閉じた音に暫く扉に向けて顔を向けていたローはこちらを向くと様々な事を聞いてきた。

「何か飲まされたか」

「いいえ」

「言われたか?」

「何も」

変な疑いをかけられていたのでそれを警戒しているのだろう。

「今の所特に怪しい所は無いです」

ローに自分から感じた事を伝えるとやれやれといった仕草をされた。

「お前の言葉には危機が感ねェから頼りにならない」

「むう。私にもちゃんと危機感くらいありますよっ」

いじけて言ってもローからは鼻で笑われるだけで納得される事はなかった。
まぁ、あれだけ災難に降りかかられていたら危機感があってもなくても無効だ。
己の事故や不運の遭遇率の高さは自覚しているので落ち込む。
ローは俯いたリーシャの顎をクイッと軽く持ち上げてきた。
それをやっても許されるのはイケメンのみだと知っているリーシャはその端正な顔立ちのローにされて感じたのは何するんだという白けた気持ち。
イケメンにされても気まずいだけだった。
これをやる本人の心理など理解出来ないが、こ奴、やり慣れておる。

「なかなか綺麗になるもんだな」

「どおも」

適当に返事をした。
そりゃあいつもはズボンだから。

「口紅も良い配色を選んでる」

それと同時に口付けされて驚く。
これからパーティーに出ようという女の口紅を乱す不届き物が居ようとは思うまい。
軽いキスをされて相手に自分の唇に付けた赤が付いているのを見て途端に羞恥心が襲う。

(これは恥ずかし過ぎるっ)

カアアと赤面していく顔をローは見て、これでもかとゆっくり己の唇を舌でネットリと舐めて赤を拭う。
エロい。

(わ、わざとだ!)

見ないように視線を伏せるとローの笑う声が間近に聞こえた。



マイとヨーコと合流すると二人に綺麗だと言われた。
自分よりも二人が綺麗だ。
誉められ慣れていないので戸惑う。
リィア姫からマイとヨーコにもパーティーのお誘いがあったので同行していられる。
謝罪も兼ねてなので当然それを受け取るべきだと憤慨した二人。
兵に捕らえれる様を目撃しているので余計に腹の虫が収まらないのだろう。
三人とローでパーティー会場に行くと早速食べ物を物色。
凄く視線が刺さるのだが、恐らくリーシャをリィア姫だと思っている人間達の視線だろうと思っていた。
彼等は挨拶したそうにしていたがリーシャはリィア姫ではない別人なのでする必要もない。
それにしても、このパーティーの主催者側はリィア姫そっくりなリーシャがパーティーに参加すると通達していないのだろうか。
視線が鬱陶しい。
モグモグとご飯を食べてマイとヨーコと話していると後ろから声が掛けられて振り向いた。
視線をそちらへ向けると綺麗な女性が立っていたが全く覚えがない。
首を傾げているとその人は笑顔で口を開く。

「お食事を楽しまれている最中で申し訳ありません」

そう言って女性は扇子(せんす)を口元から降ろして妖艶に微笑み、その手に鋭利な銀色を放つ刃をこちらに向けた。

「良ければ私とお話ししません事?」

女性がそう言ってそのナイフをこちらの首に向けて前に押し出す光景が最後に見たものであった。
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