一番星のヒーロー | ナノ
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その日、事件は起きた。
朝起きるといつものようにローがベッドにいつの間にか入り込んでいるのを眺めてソッとおでこを撫でる。
ん、と可愛い声が洩れる姿に小さく笑みを浮かべると起こさないようにベッドから離れスリッパを履いて部屋を出た。
きっとまた悪夢でも見てしまったのだろうと直ぐに行き着く。
これではいつまで経っても彼に彼女は愚か伴侶も見つけられないと考えると早急に自分離れを始めなければと方法を考えながら朝食の準備に取り掛かる。

「××××××××!?××××リーシャ〜〜っっっ!?!!」

凄い悲鳴と助けを求めてきたローの声にお皿を置いて寝室に向かう。

「ロー!?どうし、きゃああ!?じ、G!!いやああ!?ちょ!あの……ロー!こっちに来れる!?」

ローを呼ぶがガタガタとその体躯は揺れ顔を思いっきり一点に定めたままの彼には聞こえていないようだ。

「く、そ……!どうすればいいんだっ……!死にそうだ……っ」

「取り敢えず慎重に移動を……」

もう一度呼び掛けると今度は耳に届いたようでこちらを向いて涙を浮かべてゆっくりとこちらへやってくるロー。
そうして一定距離を定めると新聞紙を丸め…………その後は想像の通りだ。
ごみ袋を捨てにいくとローが仕切りにアルコールでところどろこを拭いていた。
お疲れ様とありがとうを伝えると彼は勢い良くリーシャに抱きついてきたので驚く。

「アイツにはもう会いたくねーっ。嫌いだ、大っ嫌いだ…………っ」

彼はぐりぐりと胸に顔を押し付けて不安を払拭するかのようにギュッと抱き付く。
そこまで怖かったのかと頭を撫でた。
嫌がるだろうかと思ったが素振りを見せなかっので大丈夫なようだ。
朝食はローの好きな甘いヨーグルトを付けたら彼は喜んで朝の騒動などすっかり忘れて糖分を味わった。

「!…………お、俺は、何てこと……して!」

その後は抱き付いたことを思い出してしまったのか自己嫌悪に陥りソファで布団にくるまりモダモダタイムを始めてしまう。
大丈夫だから、気にしてないから、と説得し続けると這い出てきてまたヨーグルトを食べ始めたのだった。



ペンギンに絵本を渡してから数週間経過した時、電話があって発売の時期が決まったという報告を受けた。
その発売日が今日で、ローと共に書店へと出掛ける。
今ではどこの本屋にも売られ公共だけに問わず色んな場所で「しろくまとヒーロー」の絵本を目にするようになった。
彼は毎回自信たっぷりに担当のペンギンに完成品を渡すが、その買う人の反応は別なのかとても気になると言い発売日等に本がある場所へと赴くのが普通となっていったのだ。
ドキドキとリーシャも緊張しながら書店へと入店すればコーナーの一角に大きく売り出されているのが見え嬉しくなる。

「ロー、良かったね」

「………………」

「ふふ……お客さん、喜んでる……」

静かに感激しているローは下を向いて頷く。
小さな子供に、親も楽しそうに一緒になって読んでいる。
中には発売されている絵本の派生品であるベポ人形を腕に抱いて読む子もいた。
きっとベポが好きなんだろうと考えずとも分かる。
彼がキュッ、と手を握ってきたので握り返す。

「どうする?もう、帰る?」

涙を浮かべているだろう人物に向かって尋ねると首を横に振り「もう少しだけ……」と言うので真意を汲み取り足を動かすことはしなかった。
幸せだとローは前に口にしたことがある。
たまたま生まれた作品であっても、それを読んでくれる人がいることが何よりの活力源となるのだと。
そうして、自分は必要とされていることを実感出来ると告げた日の事は色濃く残っていて。
いつか死んだ後にも作品は残る。
だから新しいものが次々と産まれ、作りたくなるとネガティヴなことをよく口走るローがそこまで言えるような仕事に出会えてリーシャも幸せだと思えた。

「あ、笑った……」

「泣いてる奴も、いるぞ」

「それは年齢的にそういう子もいるよ……」

クスリと笑ってしまうとローも緩やかに口元を上げて幸せそうに声を洩らした。


今日こそは。
そう胸に誓い、カーペットに直接座るタイプの低いテーブルでテレビを見ているローを見て名前を呼ぶ。

「っ……………………な、なんだ……?」

真面目な顔をしていたリーシャの様子に怪訝な表情と不安げに揺れた琥珀色の目。

「私はローの仮の恋人だよね?」

「っ!?ごほっ!………………あ、ァ…………」

語尾を小さくしていき耳を真っ赤にさせ下を向いて挙動不審に体を動かすローを今回は心を鬼にしてフォローしない。
リーシャがそれを聞き終えるとその恋人契約を結ぶときにした約束を持ち出す。
恋人になる理由は、彼女、又は結婚相手を見つける為に練習相手…………即ちサポート役になる。
だからもうそろそろ動かなければいかない。
ローにその事を告げると今にも泣き出しそうにすがってきた。

「は!早すぎるっ。まだ、俺は……俺は…………」

「早くないよ。私以外の女性に免疫を付けてもらわなきゃ…………サポート役になった意味がない。それに、彼女どころか女友達も全くいないし……」

「女は……いらねェ。俺の顔だけで寄ってきて…………中身を知ったらポイ捨てしやがる……」

「そんななんて一握りで……ローのことを全部受け止めてくれる人は絶対いる。そして、その人に出会う為に……出会いを求めなきゃ始まらないんだよ?」

「う"………………俺にも、女を……選ぶ権利が、あ、あ、あるっ」

ローは珍しく己の意見を突き通す。
その様子に首を傾げて理想のタイプでもいるのかと考え問うと彼は目元を紅色に染め徐に喋り出した。

「め、め……面倒見が良くて……」

チラリ、

「うん」

「俺の中身も全部理解してて……支えてくれて……」

チラッ

「うんうん」

「あ、甘えさせてくれて、頭を撫でてくれて……たまには、守らせてくれて」

チラチラッ

「うんっ」

「一緒になって笑い合って、くれる……女…………」

バッ!

途中の話でこちらを横目で流し目をするという謎の行動をした彼は最後まで言うと傍にあった布団を被り我慢できないというように中で悶え込んでいた。
モゾモゾと動くのを見ながら成る程と結果を纏める。

「つまり、ローが積極的になってその理想のタイプの人と恋をすればその人とめでたく結婚出来るかもしれないわけだ」

今だ恥ずかしくて中で蠢く男に出てくるようにとは言わずその場でこれからの事を説明する。
出会いをするにはまず外に出なければ。
と言うと、聞き届いたのか彼はガッと布団から顔を出しピンピンと跳ねる髪を振り乱して首を横に振る。

「こ、断るっ。外には女がいる!俺を見ては獣みてーに品定めして下心で近付いてくる場所なんかに……」

「私も女…………それに、大丈夫。いつもロー近寄りような人がいたら睨むでしょ。力んで無意識に」

苦笑して述べても彼は頑なに布団から出ない。

「………………パフェ」

ピクリ、

「苺の…………」

「…………!」

「割引券…………無駄にしたくないなー」

ピクッ

先程から面白いくらいに甘いものの単語に反応するローに笑いが洩れそうになるが我慢。
本当は割引券なんてなくても余裕で生活出来る程の著作権料を貰っている彼には全く意味のない紙切れだが割引券を使うと苺が増えるというサービスが付くのだ。
彼にとっては何よりもプライスレスだろう。
割引券を財布から取りだしヒラリと見せると己の天秤をかけているのか葛藤している表情を浮かべ割引券をジッと物欲しそうに見詰めた後、覚悟を決めたのか布団からゆっくり出てきた。

「うむ、よろしい…………楽にいこう」

「出来ねェ…………」

ガックリと項垂れる男を友人がコーディネートしてくれた服に着替えさせる。

「じゃ、私は向こうに行くからね」

「ああ、その……」

「?」

「仮に、は、裸を見たって…………怒らねェ……から…………」

「あ、うん。そこは平気。絶対見ないから安心して着替えて?」

「…………………………分かった」

ケロリと答えるリーシャに何処か不満げに頷き納得していなさそうに頷いたローは出ていくまでこちらを見続けた。

(見られないか不安なのか…………ふふ、可愛いんだから…………)

寂しそうにも見えたが何を寂しがっているのかも分からないのでそこは気にしないことにした。


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