一番星のヒーロー | ナノ
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買い物から帰宅し部屋の玄関を開けると焦げ臭い匂いが鼻を刺激して買物袋をそこに放置して床を早足に進む。

「ロー!?」

リビングに入り幼馴染み兼恋人の名を呼ぶとソファから小さく「ここだ」と聞こえ前に回り込む。

「焦げ臭いけどボヤでもあったの!?」

「ない……けど、焦がしちまった……ホットケーキ」

「ホットケーキ?……ロー、作ってくれようとしたの?」

そう尋ねるとこくりと頷くローは布団にくるまり、まるで引きこもっているように見え相当落ち込んだのだな、と苦笑した。
彼から離れてキッチンに向かうと『ホットケーキ』だった黒い何かがフライパンにこびりついていてその横には途中使用のホットケーキの焼く前の生のものがボウルに残っている。

(まだ一枚目なのに、これじゃあ落ち込むか………………)

ローの不器用さは今に始まったことではなく小さな頃からでそれはそれは見た目とはかけ離れたギャップは凄く、今まで付き合った女子、又は女性を尽く驚かせ何度フラれたことか。
幼馴染みなりに彼の駄目さには免疫力があったから何かあってもいつものことだとすぐに処理し対処できた。
だから残ったのはリーシャだけで、後の女性達は残酷に情け無用の如く幼馴染みから離れていき彼を更にネガティヴへとしてしまった。

『おれの何が悪いんだ……』

『ローは悪くないよ。きっといつかローのことを理解して受け止めてくれる人はいるから』

『リーシャ…………お前だけはおれを捨てないでくれ……』

高校の最後の夏、彼は何人か目の彼女に幻滅されフラれたのを最後に誰とも付き合わなくなった。
そうして、何故今はローと付き合っているのかというと頑張っても直らない色々な劣等を克服する為の相手役という仮の彼女。
つまり、練習として自分がローをサポートする役割を担う仮初めのパートナーだ。
一応彼女という肩書きを負っているので一緒に住んでいる。
このアパートには数人の個性的なの人間が住んでいて、なかなかの良物件なので気に入っているのだが、彼はもっと大きなLDKにしようと提案してくることがあるのでその理由を察すれば笑みが溢れてしまう。
お隣がかなりのお転婆な人なのでいつもローは振り回されている。
それにローには仕事があるのだ。
住む場所を変えれば手続きが面倒というのもある。

「ロー」

「…………?」

呼ぶと布団から顔だけだして泣き出しそうな顔でこちらを見た。
ちょいちょいと手招きすると布団を脱け殻のように原型を崩さず這い出てくるロー。
ようやく布団から離れた彼がキッチンに気まずそうに来るとシュンとした顔でチラチラとこちらの顔色を窺う。

「せっかくここまで作ったんだし、一緒に作ろう?そうすれば絶対上手く焼けるよ」

「!…………っ〜〜〜!」

「わっ」

ギュウウ〜、と抱きついてきたローは数秒後我に返った様子で慌てて離れた。

「わ、悪ィ!……その、嬉しすぎたから…………だからだな……うっ」

言い訳をしている間にまた布団に引きこもりそうな空気を漂わせてきたのでどうにかして引き止めフライパンを洗う作業を始める。
こびりつきはなかなか落ちなかったけど努力と根気で頑張った。
ローには手伝わせないことに対する変な誤解を与えてしまい落ちこまないように、何かをさせる代わりに次の仕事で考えている話を聞かせて、と頼んだ。

「今回はどんな話にしようと思っているの?」

「歯磨きをしようとしたら熱湯で火傷してしまう話にしようと思っている………………あれは本当に熱かった……」

「そんなことも、あったね……残らなくて良かった、痕」

洗い終えたフライパンを置いてタオルで手を拭くとローの熱湯がかかった箇所である手の甲を触る。
ふるりと彼の手が震えて「あ」とやってしまったことに気付く。
顔を見やれば琥珀色の瞳は動揺したように一点を見詰め顔は熟れた林檎のように真っ赤になる。
身体も少しずつ揺れ始めて直ぐに手を離し話題を変えるが揺れは収まりそうになく彼は悶えてしまいしゃがみ込み膝に顔を埋めた。

「ご、ごめんロー。わざとじゃないんだけど…………ロー?」

「う"!〜〜〜!!」

顔を覗き込めば盛大に肩が揺れ小刻みに震える身体に罪悪感が募る。
ローは極度の人見知りというか、女に弱い。
手に触れてしまえばこんな風に恥ずかしさで自分の殻に籠ってしまう。
まだ幼馴染みとしての反応がこれなので他の異性になんて時は、もう大変だ。

「本当にごめんね、私、向こう行ってるから……落ち着いたらホットケーキ作ろう?」

そう声をかけて立ち上がる。
横を通りすぎた時、小さな力がジーンズの裾を引くのを感じ止まって後ろを振り返った。
ゴツゴツとした男の手が引き止めるように摘まんでいて眼を見開く。

「ロー?どうしたの?」

「…………くな」

「え?」

「行くな。おれを……置いていくな……頼む」

寂しがり屋のウサギのように震えながらも強い意思を持った瞳でそう口にしたロー。
暫し考えリーシャは立てるかと尋ねるとこくんと首を縦に動かして彼はゆるゆるとスローペースに動き出す。
手をジーンズから服の端に変えてどこにも行かせないように掴む姿に不覚にもキュンときた。

「作る?」

こくん。

ローは頷くと共にキッチンへ並ぶ。
ホットケーキの元をかき混ぜるとお玉で掬い上げ油の引いたフライパンへと落とす。
そして彼をフライパンの前へ立たせると不安げな顔で見下ろされる。

「今度は私も居るから、焦げさせないよ」

「……ああ」

安心したようと笑うローに髪を撫でたくなる衝動に駆られたが本人がモダモダしてしまうことは必然だったので諦めた。
ぷくりぷくりとホットケーキの表面が気泡のように小さく膨れる。
今がひっくり返すタイミングだというとローはごくりと喉を鳴らしフライ返しを手に近付けるとホットケーキの裏に差し込み持ち上げた。

「く、失敗する気がする……」

「うーん、じゃあ……ロー、少しだけ我慢してて?」

一応先に言っておき彼の手の上から自分の手を重ね合わせた。
驚いた表情を見せたローに気付かないフリをして「いっせーのでひっくり返すから」と言う。
彼は合点がいったのか前を向くと頷いたのでクスッと素直な彼の行動に笑みを浮かべる。

「ふふ…………いくよ、いっせーのっ」

見事に息の合った共同作業は上手くいきホットケーキが綺麗に裏返った。
ローを見るとそのことに感動しているのか嬉しそうに口元を上げてホットケーキを一心に見詰めている。
お皿を用意して残ったホットケーキを全て焼き終える頃には彼一人でも裏返せるようになっていた。
途中で焼いたものを摘まんだりしてみたが市販のものでありながらも美味しかったので空腹のお腹には有り難かった。
どうらや途中で間違った材料は入れていなかったようで安堵したのもある。
最後に挫けて挫折しかけたものの完成したホットケーキを感激の眼差しで見ていた彼にシロップを渡す。

「全部使いきれたね……でもこんなに食べられる?三人分はありそうだけど……」

「余裕だ……!」

うきうきと珍しく目が輝いているローはサッとホットケーキを自分の更に入れていく。
彼は昔から痩せの大食いでお隣さんよりかは食べはしないがそれなりに食べる。
モグモグと一口が多く頬がこれでかと膨らんでいるのを見て笑う。
それに首を傾げる彼はまた一口と二人前と半人前を平らげた。
そして、落ち込んだ。

「お、お前の為に作ったのに殆どおれが……おれが……食うなんて…………」

「ロー、私はこれだけでもうお腹いっぱいだよ?それに、ローの食べてる時の表情、私好きだし」

「す、好き……!?」

「あ!………………」

しまったと本日二度目の失態に声を上げるが時既に遅し。
ローは引きこもりの如くソファにあった抜け出したままの形で放置されていた布団にくるまりモダモダタイムが始まってしまった。
きっと布団の中の彼は真っ赤な顔で悶絶しているのだと安易に想像でき苦笑する。
ホットケーキを食べ終えるとローの食べ終えた分も一緒にシンクへ運ぶ。

「お、おれも手伝う!」

「あ、じゃあお皿をとか拭いてくれる?」

「ああ」

役に立てる事が嬉しいのかモダモダタイムから立ち直り彼は皿拭き用のタオルを手にすると洗い終えた食器を拭いていき乾燥棚へ置いてくれた。

「ロー、これが終わったらパソコン起動させる?それとも今日は止めとく?」

「アイデアが浮かんでるうちに進めてェから今日は仕事する」

ローは考え込んでそう答えた。
早速用事を全て片付けると共に居間に座りノートパソコンを開く。
勿論全て彼の管轄なので彼が作業する。

「しろくまとヒーロー、新作楽しみ」

「っ!今からそんなこと言われたら……」

「あ、変にプレッシャーかけちゃった?ごめん……」

「!、違う…………ただ、捗るって……言いたかった、だけだ……。いつもリーシャのお陰でこの作品は生まれるしな」

ローにそう言われてリーシャは内心嬉しくて、頬の緩みを見られたくなくて下を向く。

「その、 い、いつも感謝……してるんだ。」

「…………ロー」

ローの切実な本音に涙ぐみそうになるが相手がパニックになるかもしれないことを考えると歯止めがかかる。
トラファルガー・ロー、幼馴染みで仮の恋人である彼はペンネーム『ドクター』という名で絵本『しろくまとヒーロー』シリーズを手掛ける絵本作家。
今では世界をも越えて人気があり愛される作品となり、今でもその人気を博しているという不動の絵本作家として有名人だ。
彼の意向で本名と顔はトップシークレット。
謎の絵本作家としても有名で取材も驚くほどしたいという電話があるらしいが全て断っている。
正にローにとっては天職以外の何物でもないだろう。
カタカタとキーボードを打つローは普段のどよどよとした空気ではなく、シャキッとした仕事の出来る男という表情をしているのでいつもの五割増しカッコイイ。
そんな顔を見てしまえば誰しもが応援したくなってしまうだろうな、と見ていることにも気付かない程集中している幼馴染みの顔を休憩が入るまでこっそり見続けていた。


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