08
「薬か」
「あぁ、私は足が不自由だからね。いつも薬はリーシャさんに届けてもらっているんだよ」
老婦人は足を見ながら、思いふけるように目を細めた。
リーシャはそんな老婦人の様子を静かに見守っていた。
彼女はこの老婦人に薬を渡す為に、あの裏通りを通ったのだと、納得がいくロー。
老婦人は彼女に微笑みかけると礼を言った。
「危ない地区なのに、すまないねぇ」
「かまいません。それより、お体はいかがですか?」
ローは自分より老婦人を心配するリーシャに、呆れたような、仕方ないような、諦めの表情を浮かべた。
お人よしにも程がある。
いくら老婦人の為であっても、自分が通りがからなかったら、今頃どうなっていたか。
身の危険をわかっていないと、ローはリーシャを見る。すると、彼女と目が合う。
「それでは置賜させていただきますね。幸多からんことを」
リーシャは、すぐにローに視線を外すと老婦人に十字架を切った。
「おい」
「なんでしょう」
「お前は命が惜しくないのか」
老婦人の家を出、帰宅の道を進む二人。
ローはリーシャに問い掛けると、彼女はピタリと立ち止まった。
「貴方に言われる意味をはかりかねます」
それは、つまり明日は生きているかわからない死と隣り合わせの現実に生きるローへの当たり前の疑問であろう。
なんの感情も映さないリーシャの瞳は美しかった。
その瞳が自分を見ていることに優越感さえ感じる。
そんなことを今口にすれば、彼女は怒りだすだろうか。
きっとそうですか、と当たり障りのない言葉を出すだけだろう。
「人間として死ぬのが怖いのは本能だと思うが?」
「だから私達修道女は神に仕えているのです」
「なるほどな、つまり天使っていいてェのか」
「いいえ、私は人間です。それ以上でもそれ以下でもありません」
リーシャの考えに笑いたくなった。
確かに正論で、けれど矛盾している。
人間だというのに神の領域に入るのは筋違いではないのかと。
「死ぬまでそう思ってるのか」
ローはリーシャに聞き取れない声色で一人呟いた。
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