07
「修道女がこんな場所にいちゃいけねェなァ?」
「通してください」
澄んだ聞き覚えがある声にローは斜め前を向き足を止めればそれに気がついた船員達も立ち止まる。
よく見てみればそこには薄汚い男達が群れていた。
「船長さん、どうかしたの?」
「待ってろ」
「えっ」
女が何か言う前に掴まれていた腕を振り払い男達に向かう。
その隙間には黒い布が見え、もしかして、と群れに近づいた。
「おい」
「なんだァ……!ト、トラファルガー・ロー!?」
「俺のこと知ってんのか」
「逃げるぞっ!!」
ローのニヤリと口元を上げた笑みに男達は恐怖に逃げ出した。
それを見送るとローは今まで成り行きをぽかんとした表情で見ていた修道女――リーシャに顔を向ける。
「修道女がこんな場所で何をしてる」
「貴方に言われる筋合いなどありません」
「質問に答えろ」
「私は言葉の暴力には屈しませんよ?」
リーシャのあの強い眼差しにローはまた目を細めた。
まるで、眩しいものを見るかのように。
そうしてローとリーシャが見つめ合っているうちに彼女はハッと気がついたように目を見開く。
「貴方とこんなことをしている場合ではありませんでした。私は先を急ぐので失礼します」
「おい」
リーシャがローをすり抜け急いで目的の場所へ歩き出す。
しかし、その足はローが彼女の腕を掴んだことにより進まなかった。
成り行きを見ていたハートの船員もその行く末を案じる。
「俺も行く」
そうして数秒が経ちようやくローが口にした言葉はリーシャや船員達を驚かせた。
「どうして貴方が行くのですか?」
「お前は無防備過ぎて見てらんねェからだ」
「私には神がついておられます。心配はご無用」
「神は知らねェが、俺なら神よりも早く助けられるぜ」
ローはフッと笑いリーシャをみれば彼女は諦めたように前を向く。
「これも神のお導き。お好きにどうぞ」
ローがその言葉にひっそりと口元を上げたのを船員達は見逃さなかった。
コツコツと、二人の足音が夜の誰もいない街区にこだまする。
ローとリーシャはお互い無言で歩いていたが、実のところリーシャは迷っていた。
「何か言いたげだな」
リーシャの心を見透かせたように、ローは笑う。
そんな、余裕の相手に一度は口を開き、何も言えないまま口を閉じた。
言ってもいいのか、言ってしまえば、ローはどんな反応をするのか。
リーシャは言うことを迷っていた。自分の心の内を。
「言わねェなら、俺が質問する」
彼はリーシャの様子に表情を変えず、前を向いたまま口を開いた。
リーシャはスッと、相手を見れば、ローは笑っていなかった。
「どうぞ」
どんな質問がくるのか、と考えれば、普通は海賊である彼の話しは、聞かなかっただろう。
リーシャの返事に、予想外だったのか、ローが驚いた様子でこちらを見ていた。
「お前はこの先もずっと、修道女として生きていくつもりか?」
「神に遣えるかぎり」
彼の質問にリーシャはごく当たり前に答えた。
修道女になったときから自分は遣える者として生きる。
「海賊よりは、安全かもな」
「え?」
掠れて、聞き取れなかった声にリーシャは横を向いたが、ローは何も言わなかった。
これ以上聞こうとは思わなかったリーシャは、再び前を向き、歩き続けることにした。
***
「着きました」
その声にローは真ん前にある扉を見て、リーシャに尋ねる。
「誰がいるんだ」
「入ればわかります」
リーシャがそれ以上言うつもりがないと、ローは聞かずに彼女の後についていく。
扉を開ければ、そこはごく普通の家だった。
すこし古びているが、人の住んでいる気配がした。
「カーネさん、リーシャです」
「リーシャさんかい?夜分遅くにすまないねぇ……」
年寄り特有の声に顔を向ければ、かなり年のいった老婦人がいた。
足が不自由だとすぐにわかった。ロー自身、医者の知識はある。
老婦人の足に視線を止めていると、リーシャが老婦人に袋を渡していた。
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