02
無駄だとわかっていても、距離を詰められているとわかっていてもなんとか逃れようと後ろへ後退する。
最後の一歩を動かせばそこは行き止まりで聖母像に体が当たった。
「純潔を守るなんて、と思っていたがおれにとっては好都合だな」
「おっしゃっている意味がわかりません……」
「わからなくていい。いずれわからせてやる」
「結構です。お引き取りください」
ついにローに追い詰められ、聖母像を後ろに感じながらロザリオを握り祈る。
そのロザリオを握る手を捕まれハッと上を向くとかなり近い距離に彼の顔があったので顔を必死にのけ反らせる。
「私は神に使える者。誓いを破るわけにはいかないのです」
「リーシャ」
フッと空気が抜けるように名前を呼ばれリーシャはギュッと掴まれている手を握る。
その人間の名はトラファルガー・ロー。
その名前を幾度も聞き、そして、その名前から逃れるように各教会を回った。
『俺と来い』
それがリーシャとローの最初の会話であり出逢いだった。
あまりに唐突すぎてどう反応すればいいのかわからなかったのをよく覚えている。
元々リーシャは修道女になろうとして教会に入ったわけではなかった。
記憶があるのは自分が海に流され教会に拾われたのがきっかけだ。
それより前の記憶はなくそれから修道女として三年間過ごしてきた。
自身の前の暮らしを証明するものはただ一つ。
今現在捕まれている手首にあるイニシャルが彫り込まれているブレスレットである。
「この手を退けていただきたいのですが」
「構わねェ」
その手首に馴染んでいるブレスレットを一瞥し、ローはあっさりと手を離す。
「では、お引き取りを──」
「明日も来る」
相手は不服そうに表情をしかめると、その長い足を動かし教会の入口へと向かう。
ローが自分に一切危害を加えないことは前々からあったことで、リーシャも安堵の息を気づかれないようゆっくりと吐く。
「シスター」
「なんでしょうか」
不意にローに呼ばれ首を動かせば、意志の強い瞳とぶつかる。
「その修道服、よく似合ってる」
その言葉は、いささか違和感を産んだ。
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