09
いつものようにステンドグラスから受ける光を浴びながら、リーシャは聖母像に跪ずく。
そうしていると、耳に微かな足音が聞こえた。
「どなたですか」
立ち上がり、顔を扉付近へと向ける。
黒い服を身に纏った服に、顔が殆ど見えない布で被われた服装の人間が立っていた。
「私は教団<異能の獅子>に所属する者です」
「<異能の獅子>?」
初めて聞く教団の名称に首を傾げた。
「はい。わたくし達は傅く君子を年来において探しております」
「君子、ですか」
「ええ。この世界と血の繋がらない救いの聖女」
「血?あの、よくわかりませんが。つまりは誰かを探しておいでだというわけでしょうか?」
「そうです」
「どうして、ここへ?」
「貴女様がその聖女の血を引いておられる可能性があると耳に入りまして。こうして伺い申し上げましたところです」
「可能性とは?」
「記憶がないと聞きました。つまり世界を知らないという事が考えられます」
「………」
リーシャは返事に困った。
この教団を名乗る男の言葉が理解できないのだ。
もちろん記憶はないが、だからといって世界を知らないわけではない。
むろん、日常が過ごせる程度の記憶の欠落。
それに、君子と呼ばれる存在にも心当たりはない。
「そうですか……非常に申し上げにくいですが、それはわたくしではないですね」
「そうですか?先代からの言い伝えによりますと、我等が求める君子は素性を知られる事を恐れるあまり命懸けで正体を隠すと言われております」
「は、はあ……正体を隠す必要はわたくしにはありませんが」
「おや、礼拝者ですか?」
リーシャが困惑していると不意に教壇の隅にある入口からランス神父が出てきた。
「いえ、もう帰らせていただきます。貴重なお時間をありがとうございました。それでは失礼いたします」
まるで神父の追求から逃れるかの様に去る人間を目で見送り、すぐにランスへと礼を述べる。
「助かりました」
「いいえ」
ランスへと頭を下げると彼は当たり前だと言って親身になる。
「一体彼は何者なのでしょうかね」
「私には全く検討がつきません」
ただ首を横に振るしか出来ない。
記憶がないことを何故知っていたのか等、疑問もあったが得体の知れない雰囲気に考えないようにした。
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