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「わらわと貴様が手を組めば叶わぬ事ではあるまい。どうじゃ?悪い話ではなかろう」
「確かにな」
ローはくつりと喉で笑うとハンコックから離れた。
コツリと自身の靴が氷の床に音を立てる。
「だが断る」
「ほぉ、断るとな」
「生憎そんな野望には興味がないんでね」
ローが笑えばハンコックは目を細めた。
この表情は番人達が自分に向ける顔だ。
「本当に良いのか?のぉ……――よ」
ハンコックの紡いだ言葉はローの耳には入らなかった。
聞く価値もない、言う価値もない。
くだらない戯れ事は懲り懲りだった。
「己が一番感じているのであろう、魔法使い」
「さァな」
ハンコックはそれ以上話さなかった。
ローも聞くつもりがなかったので相手に背を向けた。
足早にハンコックがいる部屋を出ると自分の部屋に入る。
誰にも気付かれなかったかと周りをよく観察していなかったローはため息をついた。
「本当に、どいつもこいつもくだらねェ話しをしやがって……」
苛立ちと共に吐き出した言葉は空気に溶ける。
その時、またもや扉を叩く音がしたので顔を動かした。
「ローさん」
「!」
間違いなくリーシャ本人の声に驚いた。
ローはガラになく困惑しつつも扉を開ける。
そこにはいつもの様に元気な表情を浮かべる彼女がいなかった。
「どうした?」
とりあえず部屋に入るように足すとリーシャはすんなり足を踏み入れた。
椅子に座るよう誘導すれば首を横に振る。
「隣に座ってもいい?」
「ああ」
あまりに覇気がないリーシャにローは断れなかった。
一体どうしたのだろうか?
「あのね、さっきどこ行ってたの?」
「見てたのか?」
「うん。マーガレットさんと一緒に出ていくところを」
「そうか……ただ氷の番人に呼び出されただけだ」
ローが簡潔に言えばリーシャは「そっか……」と言うだけ。
「部屋にいる間に私考えちゃったんだよね。旅が終わるのが近付いてるんだなぁ、って……」
リーシャは苦く笑う。
「そう思ったら皆と別れる日も近いんだよね……」
「リーシャ……」
ローは抱きしめたくなった。
だが無節操に触れて良いものかと手が動かない。
「どうしたの?」
「触れて、いいか?」
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