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「抱かせてくれ」
「聞いた私が馬鹿だった」
呆れるリーシャにローは冗談だ、と笑うと「キスしてもいいか?」と聞いてくる。
「まぁ……最後だし特別だよ!」
リーシャがそう言えば、ローは唇に触れるだけの口づけをした。
その後は手の甲。
「――実はね、ローさんも知らない事があるんだぁ……」
「知らない事?」
リーシャはクスクスと笑って、この伏魔殿に来る前のハンコックとの会話を思い出す。
『実はのお、わらわがそちに掛けた誘惑の魔法はの誘惑ではないのじゃ』
『え?でもローさんは私が……その、キスをねだったって……』
『あの魔法は素直になる内面を引き出すものなのじゃ……まぁ、ちと強めに掛けたから効果は倍なのだがな』
『えええ!?』
つまり、リーシャは強引ではあったがローに言った事は本音であり自分でも気付かなかった気持ちを引き出されたのだ。
そんな風に知った感情は彼に騙されたので絶対に言わないが。
「でも、秘密っ!」
「なんだそりゃあ」
クッと笑ったローは再びリーシャに顔を向けると、落ち着いた様子で目を細めた。
「お前が勇者でよかった」
「私もローさんが魔王でよかった」
お互いフ、と笑い合えば少しずつ薄れていくリーシャの体。
「お別れってやつか」
「うん。あ、お願いしなきゃ」
「決まったのか?」
「うん」
リーシャはクリスタルを手の平にそっと包み込み、願いを込める。
「もう会えねェけど――」
その言葉にリーシャはローを見る。
「俺は、ずっとお前の事を愛してる」
不意打ちの言葉に一瞬目を見開くが、スッと息を吸う。
お別れなのにとか、狡いなんて思わない。
きっと自分はいつかこの旅の出来事の記憶が薄まるかもしれないけれど。
色あせる事はないと、確信もないのに強く思った。
だから、涙だけの最後にはしたくなんてなかった。
「最高に楽しかった!」
バイバイなんて、さよならなんて言わない。
騙された事は悲しかったけれど今までの旅は嘘でも偽物でもなく皆で旅をした大切で最高なシナリオだ。
それに、魔法使いが驚いた表情を最後に見れて満足だった。
勇者は目に涙を浮かべたままありったけの笑顔で笑った。
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