Side_Nami_6
「何が足りなかったのかなあ」
「え?」
自嘲しながら、ナミはそう言った。
「あたしがもっとおとなだったら、なんか変わった?」
ロビンに尋ねても、ロビンはその思慮深いオーシャンブルーのまなざしで、ナミを見つめ返すだけだった。
「あたしがもっと強かったら、何か変わった?」
ルフィよりも、青キジよりも、もっともっと強くて、それこそ無敵のヒーローみたいにロビンを守れる力を持っていたら、何か変わっていたのだろうか。
「……何も、変わらないよね」
ロビンの言葉を待たずに、息を漏らすように笑ってナミは結論づける。
ロビンは髪の毛に触れていたナミの手に自分の手を伸ばして触れると、口を開いた。
「何も……」
ロビンはそう小さく言って、ナミの手を下ろして見つめると、そっと指をからめる。
その仕草の、やわらかなやさしさといったら……
ナミをかたちづくる細胞のひとつひとつまでもいとおしむようなやさしげなその仕草が、その表情が、いつもナミの心を苦しいほどにからめとるのだ。
その根本にロビンの弱さと、弱さゆえに必死にナミへと手を伸ばそうとする切迫した想いがひそんでいるから余計に、ナミはそのすべてから抜け出せない。
「何も……足りなくなんて、なかったわ」
ならどうして!
心はそう叫んでいたのに、それがどうしてか声にならなかったのは、ロビンの瞳があまりにおだやかで透明だったから。
そのあきらめの心の深淵には、誰であろうと手を伸ばせない気がしたから。
「ごめんなさい……」
指をからめたまま、ロビンはナミの手の甲をその頬に当てた。
「ごめんなさい、航海士さん。私は……こういうふうにしか、生きられないの」
ロビンの頬も、ロビンの手のひらと同じように、ひんやりとしていた。
「こういうふうに生きてきたから、こういうふうにしか生きられない」
そう静かに言ったロビンに、ナミは何も言うことができなかった。
「あなたのせいじゃないの」
懺悔するように、ナミの手のひらに頬を寄せるロビンの表情も、声音も、仕草も、この世界の何もかもを許し、いつくしむようなやさしさに包まれていて……
ナミはそんなロビンを黙って見ていることしかできなかった。
「私の、せいだから」
絶望的なまでの諦感の中で、ロビンのそんなやさしさをはぐくんだのは、孤独の中でしか生きられなかった、脆く、弱い心。
ああ、どうして、あたしたちは。
こんなにも行き止まりなのに。
この想いを捨て去ることができないのだろう。
捨てた方が楽だと、お互いにわかっているはずなのに。
強く抱きしめれば抱きしめた分だけ、互いのエゴがトゲのようにつきささって、傷を増やすだけのこの想い。
傷からあふれるのは、真っ赤な血液ではなくて、かなしみと痛みを含んだ透明な涙。
そんな想いを抱えているのは、痛くて、くるしくて、せつなくて、叫びだしたいぐらいなのに……
こんなにも切に互いを希求するこの気持ちを。
なかったことにするのは不幸だと、そう思っているふたりには、行きつく場所などはじめからなかったのかもしれない。
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