Side_Nami_2
朝。
目を覚ますと、すでにロビンは隣にいなかった。
部屋に差し込む日の光は、とうに、ふたりが肌を重ねた夜が終わったのだと告げていた。
寝不足でけだるい体を持ち上げ起こそうとすると、右の前腕が鈍く痛んだ。
それはまぎれもなく、吐息も体温もとけあうように抱きしめあった夜の証であるはずなのに。
ロビンがいたはずの場所には、ぬくもりさえも残っていない。
ナミは自分の指先に鼻を近づけて、昨夜の残り香を探し、すんと吸い込んだ。
たちのぼる昨夜の記憶に、ナミの胸はロビンを求めてひりつくように熱くなるはずだったのに、胸を支配したのは痛いぐらいのさみしさだった。
まるで、いつまでも見ていたいような、そんなやさしくあたたかな夢から醒めてしまったときに訪れる、泣きたいほどの寂寥感。
でも、昨夜の出来事は、夢ではなかったのだ。
ロビンはナミを拒絶しなかった。
ナミが抱きしめるたび、すがりつくように抱きしめ返してくる腕の力は、ロビンがナミに想いを向けているからこそで間違えようもない。
そこに、一縷の希望をかけて。
ロビンはナミを受け入れたのだと信じていこう。
先に眠りに落ちたロビンの顔を眺めてそう思いながら、ほんとうは眠りを邪魔して無茶苦茶に抱きしめていたいほどにあふれだすいとしさを、手のひらに抑え込んで頭をなで続けた。
そうしているうちに、いつしかナミも眠りに落ちていた。
でも、目覚めた朝にロビンの姿がないことに気づいて、胸を支配したのはよろこびや幸福とは程遠い感情だった。
ただただ、やるせなかったのだ。
それは、心の底でほんとうはわかっていたからかもしれない。
ロビンはナミの心も体も拒絶しなかったけれど、それは単に拒まなかったというだけで、ロビンと一緒にこれからを歩きたいというナミの想いを受け入れたわけではないのだと。
ロビンはナミに抱きしめられたことを、またいつかひとりになったときに思い出すための記憶に変えただけで、ふたりの関係を未来へと続く確かな形にするために、ナミに抱かれたわけではないのだと。
朝起きて、隣からロビンの姿が消えていた時点でそうわかったけれど、それでも認めたくなかった。
ロビンがその気配を消してまで、ナミに気づかれないように部屋を出ていった理由は、一緒に朝を迎えたくなかったからだ、ということを。
一緒に夜を越えて朝を迎えるということは、ふたりの想いを明日につなげることなのだと、ナミは思う。
隣にいてくれるひとに、『おやすみ』と言って眠りにつき、目覚めたら『おはよう』と笑いかける。
それは些細なことであるように見えるけれど、ふたりでいる毎日を続けていくための儀式のようなものだと、ナミはそう思っていたのに。
それを選ばなかったロビンは、抱き合うことで確かめあったふたりの想いを、一夜限りの思い出にするつもりなのだと思った。
その証拠が、甲板に出て見つけた、何事もなかったように……完璧なまでにいつも通りに、ふたつ並んだデッキチェアの片方に座り、本を読んでいるロビンの姿。
ロビンの方へ足を踏み出すことを躊躇したのは、初めてだったかもしれない。
ただ、怖かったのだ。
すべてをなかったことにされてしまうのではないかと。
昨日のことは忘れてと、そう言われてしまうのではないかと。
それでも、ロビンからナミに歩み寄ることがないとわかっている以上、ナミが前に踏み出すことでしか道は開けない。
重い足を持ち上げて、ナミはロビンの方へ足を進めた。
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