side_Nami_3
「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ」
ナミは腕を組んでロビンを見下ろす。
「あんたはもうこの船のクルーなんだから、船医の診察をちゃんと受けて、治療も受けて、健康を保つ義務があるの!」
「でも、麻酔を使うほどの……」
「痛みに決まってるでしょうが! あたしだったらゾッとするわよ。麻酔なしで、針でちくちく縫われるなんて」
「痛みの感じかたには個人差があるから……」
「ああ! もう、しつこい!」
ナミのイライラは頂点へと達し、思わず声を荒げてしまった。
どうせ我慢の限界に達してしまうなら、最初から無駄にイライラに耐えたりしなければよかった。
このがんこな女を拳骨でガツンと黙らせて、気絶している間にでも治療してしまえばよかった。
犯罪会社の副社長をしていたし、考古学者としての知識だって並ではないようで、そういう意味で頭がいいのはよくわかる。
けれどこの船で一番おとなのおねーさんは、何にも分かっていないひとりよがりなこどもだ。
「あんたの事情も理由も知らないけどさ。一応あたしたちはあんたの敵で、それでもあんたはこの船に乗ったんだから、もしものときの覚悟はあったはずよ? そうなってもかまわないからこの船に乗ったんでしょう? それが今更、麻酔ひとつでごねないでよ」
麦わらの船が敵船である以上、この船のクルーにはなれなくて、殺されてしまう可能性だってあったことを、頭のいいこの女が考えなかったわけがない。
それでもこの船に命を賭けたのだから、この船のルールには従ってもらわなくては困る。
「ナミ、なんのことだ?」
純粋なトナカイは、疑問の目をナミとロビンと、交互に送っている。
「それとも何、あんた、ドMなの?」
「え?」
先ほどまで表情を変えなかったロビンが、思いがけない質問に驚いたのか、少し目を大きくした。
「どえむ?」
純粋すぎるチョッパーが疑問の目をナミに向けるので、ナミは身をかがめてチョッパーと視線を合わせる。
たぶん、ロビンはチョッパーを気に入っている。だから、もしかしたらこっちの方が効果があるのかもしれない。
「気に入ってる人に、痛くされるのが好きで好きでしょうがないっていう、へんた……痛っ!」
変態のことよ、と続けようとしたら、ナミの肩からハナの手が咲きおでこをぺちりと叩いたので言えなかった。
「何すんのよ」
「教育的指導、かしら?」
「きょーいくてき、しどー……」
にっこりとした笑顔を顔にはりつけてロビンが発した、海賊にはまるで不似合いな言葉。
思わずそのまま繰り返して、そうして『教育的指導』と脳内で変換すると、笑いがこみあげてきた。
「きょーいくてき、なんて、どの口が言うの、どの口が!」
ぷぷっと笑いがこみあげてきて、少し口から漏れたら更におかしくなってしまって、ナミは声をあげて笑い出した。
だってそうではないか。
国家転覆をもくろむ元犯罪会社の副社長で、20年も政府から犯罪者としておいかけられている高額の賞金首で、考古学者で頭はいいはずなのにあっさり敵船にのりこんで、何をするかと思えば笑っているか本を読んでいるかで、何を考えてるがわからないのに変なところでがんこ者で、露出多めで妖艶でいいにおいがするのに、麻酔は嫌だとだだをこねてみたりする、おとなのおねーさんによる『きょーいくてきしどー』。
そんなの、面白い以外のなにものでもない。
「ほらほら、もっとあたしにしてみてよ、きょーいくてきしどー! じゃないと、あーんなことからこーんなことまで言っちゃうかもね!」
にやにやしながらロビンに顔を近づけると、ロビンはぷいっと顔を背けてしまった。
「……知らないわ」
その瞳を追いかけて顔を覗き込むと、そこにあったのは、ほんのりと赤く色づいた、困り顔。
どくん、と心臓が強く軋んだ気がした。
こんな表情も、するんだ……
心臓が強く収縮したまま握り潰されてしまったように、息が苦しくなる。
「ナ、ナミ、早く治療しないと」
「え? ああ……そうよね」
チョッパーの声で、止まった時間が動きだす。
今、自分は何を考えていた?
胸に手を当てると、トクトクトク、と心臓は一定のリズムを刻んでいる。
息を長く吐き出すと、息苦しさは幾分やわらいだ。
「まあ、いいわ。あんたにはこれから船医がちゃーんと患者指導をしてくれるから、しっかり聞くように!」
「……分かったわ」
ロビンはうつむいたままで、小さくうなずいた。
その表情は、今までも時折見せていた、どこか疲れたような、諦めたような表情に戻っていた。
「よかった。麻酔、使ってもいいんだな」
「ええ」
素直なチョッパーは安堵の表情を浮かべていたけれど、ナミは笑い飛ばしたはずのイラだちが再び戻りつつあるのを感じていた。
「じゃあ、よろしくね、チョッパー」
そのイラだちの正体もわからないまま、役目を終えたナミは部屋を出ることを選ぶ。
「行くのか?」
「うん。きょーいくてきしどーもされちゃったしね。あたしがいない方が、ロビンも助かるだろうから」
そう言ってナミは、ロビンの方を見ずに部屋を出た。
最後のひとことは余計だったな、と思ったけれど、一度口にだしてしまった言葉はもとには戻らない。
自分は何をこんなにイラついているのだろう。
後ろ手に閉めたドアに寄りかかってため息をついたけれど、考えることさえ億劫になってしまって、気分転換に外の空気でも吸おうと思い直してその場を後にした。
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