Side_Nami_1
「ナミさん、何か考えごとかい?」
かけられた声に顔を上げると、デッキチェアに深くもたれて空を仰いでいたナミのかたわらに、いつの間に近寄ってきたのか、サンジがトレイを片手に立っていた。
トレイの上に乗せられているのは、間違いなくオレンジジュース。
サンジがオレンジジュースを持ってくるときは、ナミが疲れていたり考え事をしていたり、不機嫌だったりするときで、気持ちが顔に出ていたのだなと理解する。
いつの間にかたいようは空高くへと昇り、もう間もなく昼食の時間なのだと知った。
「別に、たいしたことじゃないわよ」
ナミはとりあえずサンジの前だけでも気持ちを切り替えようと、笑顔を作って言った。
たいしたことがないはずがない。
昨晩ナミがとった行動も、それをロビンが受け入れたことも、たいしたことがないわけがないのに。
ナミにはそう告げることしかできない。
「そうかい?」
サンジは「どうぞレディ」と言って、カットオレンジがふちに付けられたグラスをナミに差し出した。
ナミはグラスを受け取って、あざやかなオレンジ色の液体を少し口に含む。
いつもならさっぱりとしたあまさで口当たりがいいはずの、ナミのみかんで作るオレンジジュースも、今日はただ冷たい液体がのどを通っていった感覚がするくらいの、そんな味気ないものに感じた。
「うん、どうして?」
いつもならば、ナミが「何でもない」と言えばすぐに退くサンジなのに、今日は質問を重ねてきた。
それほどナミの表情がいつもとは違っていた、ということなのかもしれない。
「ここんとこ」
サンジは前髪で半分隠れた自分の眉間を、とんとんと人差し指で軽く叩いた。
「すごく力、入ってるよ」
言われて、ナミも自身の眉間を軽く指でさする。
確かに、無意識のうちにしわを寄せていたのかもしれないけれど、直接「しわが寄ってる」と言わないところがサンジらしいなと思った。
「何かあった?」
「何かなら、いっつもあるわよ。あの船長率いるこの船が、平和だったことってある?」
ナミがそう言って、ウソップやチョッパーと騒ぎながら釣りをしているルフィの方を顎で示すと、サンジは肩をすくめた。
「それを言われると、その通り、としか言えないね」
苦笑しながら言ったサンジに、「でしょ?」とナミも肩をすくめてみせる。
「おかわり、欲しかったら言ってくれよ」
そう言い置いて船室へ戻っていったサンジの背中を見送ると、ナミは再びデッキチェアに深く自身の背中を預けた。
隣のデッキチェアで、いつも読書にいそしむ考古学者は、不在。
不毛に時間が過ぎていくのは、昨日ふたりの間に訪れた特別な時間の意味を、ロビンが受け入れることはないと知ったから。
ふたりがこれまで重ねてきた時間こそが、想いを届けようとしてはすれ違うだけの不毛な時間だったのだと、思い知らされたから。
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