Side_Robin_5
背中がベッドに沈み込むやわらかな感触とともに、航海士の声が耳に届く。
「いい加減に、してよ……」
今度はロビンが航海士に組み敷かれたのだとわかったのは、鼻先さえも触れ合う距離に航海士がいたから。
「いい加減にしなさいよ、ロビン」
航海士の声は、漏れ出しそうになる感情を必死に抑えこむかのように、震えていた。
瞳には、強い怒りの色が見てとれる。
「あんた、わかってる?」
そのまなざしの強さに、またもロビンは心を射すくめられて、息をすることさえもあやうく、身動きひとつとれない。
「あたしが、どれだけの気持ちで、あんたが好きって言ってるのか」
ハナの手を出すまでもなく、きゃしゃな航海士を振り払うのはたやすいのに。
「あたしが、どれだけの気持ちで、あんたがあたしを好きでいてくれてるって確信してるのか」
そこまで言うと、航海士はがくりと肘を折り、ロビンの顔のすぐ隣にうなだれるように崩れ落ちた。
「あんた、まだわかんないわけ……?」
わかってる。
わかっているわ、ナミ。
だから余計に、私は動き出すわけにはいかないの。
「知られたくなかったら、もっとうまくやんなさいよ! この船に乗る前みたいに、もっとちゃんと本心隠してよ!」
航海士の言うことはひとつひとつがもっとも過ぎて、ロビンは言葉を返すことができなかった。
その通り。
あなたのやさしさにあまえて、私が私の想いを見透かして欲しいなんて思ったから。
こんなにも私たちは求めあって、なのにすれ違って、傷つけあうことしかできなくなってしまった。
「もういい」
航海士は再び顔を上げると、怒りと涙をたたえた瞳でロビンを見下ろす。
やっと、嫌われることができた。
やっと、憎まれることができた。
そう安堵できるはずだったのに。
「あんたが何ひとつ、あたしたちから受け取れないって言うなら……何ひとつ、あたしから奪うこともできないって言うなら……あんたがあたしから与えられるものだけじゃ、この船にいたいって、そう思う理由にならないって言うなら……」
こはく色の瞳がゆらゆらと揺れているのは、傷つけあうことでしか想いをはかれない、そんな行き止まりのふたりだから。
「あたしがあんたの何もかも、奪ってやるわ」
航海士はそう言って、ロビンの腕をつかんだその手に更に力をこめて、ベッドに沈めるように強く押し付けた。
「時間も、気持ちも、奪うだけ奪って、あんたを離さない。つなぎとめて、離れられなくしてやるわよ」
そのまま息が苦しくなるほどに、はむように唇と舌とを重ねたあと、航海士は再びロビンを見下ろす。
舌と舌とをつなぐ唾液がぷつりと切れたのを見て、出会ってから今までふたりの間に横たわっていた、曖昧な関係であるがゆえにやさしくあたたかだった時間もまた、途切れたのだと知った。
「嫌なら、抵抗すればいいわ」
その言葉の乱暴さとは似ても似つかない、やさしくいつくしむような手つきで、何度も何度もロビンの名前を呼びながら、その日、航海士はロビンを抱いた。
さぐるように肌に触れてくれる手のひらのあまりのやさしさに、ロビンはいつしか泣いていたけれど、熱に浮かされたようになった頭で見た航海士の姿の中にも、泣き顔があった気がする。
ただ、確かなのは。
ふたり、肌を重ねあわせてひとつになった夜の中で。
体温さえもとけあったベッドの中で。
ロビンが夢さえも見ぬほどに、深い眠りに落ちたということと。
朝、隣に寄り添い眠る航海士の肩を、そっと抱きしめ返したことだけ。
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