Side_Robin_3
何が起こったのか把握できていないのか、これから起こるであろう出来事にそぐわない、きょとんとした顔をしている航海士の首筋に顔をうずめる。
その皮膚からほのかに香り立つ柑橘系の匂いを、深く、深く吸い込んだ。
もう、許して、なんて思わない。
あなたが何もかもを許すことで私を想い、守ろうとするのなら、私は何ひとつとして許されたくなんてない。
だから、こんな風にあなたを傷つけようとしている私を、許したりなんてしないで。
そう祈るように思いながら、鎖骨から耳へと向かって首すじに舌を這わせると、航海士がはっと息をのむのがわかった。
けれど、それだけだった。
キャミソールの中へと手を進めていっても、航海士は抵抗するそぶりを一切見せなかった。
いくら互いの想いが通じあっていると確信していたって、こんな状況で肌を重ねることは、航海士だって望まないに違いないのに。
何より、ロビンはまだ、何も言葉にしていないのだ。
それなのに咲かせたハナの手には、頭上に引き上げた手を振り払おうとする力も、押さえつけられた腹部をよじって逃げようとする力も、足をいましめから振りほどこうとする力も伝わってこなかった。
ただあるのは、ロビンのほんとうの手のひらに心地よくなじむ、あたたかくやわらかな肌の感触。
その皮膚に包まれた命の気配を少しでも自分のものにしたくて、みぞおちから胸骨へと手を進めていったけれど……
そこにあったのは、いつもの航海士の鼓動。
いくたびか抱きしめられる中で記憶に刻み込んだ、航海士の心臓が収縮するリズムと、同じ旋律。
もしかしたら、多少は速いのかもしれない。
けれどこの状況にふさわしいほどに、心臓が暴れているとはいえない。
ロビンの心臓の方が、よほど早鐘を打っている。
そのことにロビンは、絶望的なまでに打ちのめされたような気になって、手を止め、航海士の首すじにうずめていた顔を持ち上げた。
そこには、航海士の真摯で強い意思をたたえた瞳があった。
おそれなど微塵もない。
怒りもうかがえない。
軽蔑さえない。
ただ、ロビンがずっと隠し続けてきた心の深淵までも見透かすようにまなざす、ふたつの瞳があった。
どうして、あなたは、そんなにも……
暗闇の中でも、道を照らしだすことをやめないその瞳を前に、ロビンにできることなどもう、何もなかった。
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