Side_Nami_3
不意に空気のゆらぎを感じ、ナミは目を覚ます。
そのゆらぎの原因は、青キジに再会する少し前ぐらいから、やっとナミの隣で眠れるようになったロビンの呼吸だ。
気候の変化に対してだけでなく、空気の変化にも敏感なナミは、ロビンの浅い眠りの中で不意に訪れる呼吸のリズムの変化に、たびたび起こされることがあった。
たぶん、浅い眠りの中で、ロビンは夢を見ているのだと思う。
それが幼い日の記憶なのか、孤独の20年の記憶なのか、それともロビンの心に巣食っているおそれなのか、それはわからない。
けれど、とりあえず良い夢ではないことは、浅く早い呼吸を繰り返すロビンの状態が証明していた。
そんなロビンに、いつもナミは気づかないふりをする。
浅い眠りだったとしても、せっかくナミの隣で眠れるようになったのに、それを指摘してしまえば、ロビンはまた眠れなくなってしまうような気がしたから。
ロビンとの距離感を掴むことは、たやすくはない。
ロビンは近づくことをわかりやすく拒絶はしないし、一見うまく受け入れているようにさえ見えるけれど、実際には踏み込む深さを間違えたとたん、せっかくとけはじめていた心がかたくなになってしまう。
おそらく心を閉ざすことでしか、ロビンは自分を守れなかったから、そんなふうに心をかたくして身構えるのだろう。
かといって距離をとりすぎれば、心は再び凍りついてしまうだろうし、何より遠くから見ているだけなんて、ナミにはできそうもない。
ナミは、ロビンに必要とされたいのだ。
ロビンを笑顔にするのも、ロビンの笑顔の隣にいるのも、自分でありたい。
他の誰でもない、ナミ自身を必要としてほしい。
もうこの気持ちは、何と名付けていいのかわからなかった。
名付けることさえ無意味だった。
呼ぼうとすれば、それはまぎれもなく恋とか愛とか呼ばれるものにあたるのだろうけれど、そう名付けるにはひとりよがりでうつくしくもない。
夜に響く孤独なけものの咆哮に似た、やるせないほどにぐずついたロビンを求める想い。
その想いをやっとのことで押さえつけて、いつも焦らないように時間をかけたいと思うのに、その自制を振り切るようなことをロビンが言ったりしたりするものだから、たちが悪い。
ロビン自身は無自覚にしても、ナミの理性は簡単に焼き切れてしまい、甲板の上で、結局ロビンを責めてしまった。
ナミがロビンに想いを伝えても、ロビンが動きだそうとしない背景には、青キジが言ったような過去が深く根付いているのだと考えることはたやすい。
ロビンが歩んできた20年間に比べたら、この船で過ごしている時間は、ほんの一瞬のことに過ぎない。
だからまるで、夢のように。
心に描いた幻のように。
この船での時間を感じている可能性はあったし、それは致し方のないことだった。
ロビンが望んでくれさえすれば、ロビンの20年間の孤独にむくいるあたたかな時間を、この船は贈ることができるとは思うけれど、それをロビンに信じてもらうには、まだまだ足りないものがあるのだろう。
それでもナミの想いをロビンが拒絶しないのは、ロビンのやさしさではなく、弱さなのだ。
ロビンにナミへの想いがなければ、ロビンはちゃんとそれを説明してくれるはずだ。
できるだけナミが傷つかないように、さとそうとするはずだ。
仮に青キジが言うように、ロビンが打算的な人間だったら、『私も好きよ』と簡単に言ってのけただろう。
そのどちらでもないのは、ロビンの中に迷いがあるから。
拒絶するべきなのに拒絶できないのは、それだけナミへの想いが深いからだと思うのは、ナミの自惚れではないはずだ。
ロビンがこの船に乗ってきたそのときから、ずっと隣でロビンを見てきたからわかる。
ロビンがどうしようもなく欲しくて、苦しいほどに想い続けてきたから、わかってしまう。
そんなロビンの迷いを少しずつでも取り払うことができれば、ロビンの時間はゆっくりと未来に向かって動き出すかもしれない。
だから今は、目を覚ましたロビンが『夢でよかった』と、『この船での日常に戻ってこれてよかった』と、そう思える時間を築いていくことができれば……
夢にうなされるロビンの隣で、ナミは祈るように思う。
どうかロビンに、やさしい夢が訪れますように。
ほんとうはその手を握ってあげられれば。
ほんとうはその体を抱きしめてあげられれば。
そうすることで、ロビンを脅かす悪夢が去ってくれれば一番なのだけれど、触れてしまえば、人の気配に敏感なロビンは目を覚ましてしまうだろう。
だから、波に揺られる船の上で、ロビンの呼吸が平常に戻るのを待ちながら、願うことしかできない。
ロビンが夜毎見る悪夢が、やがて終わる日が来ますように。
悪夢が終わる日が来なかったとしても、目覚めたときにここに戻ってきてよかったと、そう思える場所を作ることができますように。
そうしていつかこの船こそが、ロビンの帰る家になりますように。
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