side_Nami_2
女部屋に行く途中、チョッパーが救急箱やら薬やらを取りに倉庫に寄ったのを見ても何も言わなかったところを見ると、もう隠せないと諦めたのだろう。
ロビンはおとなしく、けれどどこか他人事のようにぼんやりした表情で、いそいそと治療の準備をするトナカイを見つめていた。
「よし、準備オッケーだ」
「じゃあ、さっさと済ましちゃいましょ」
そう言ってロビンを見たけれど、やはり無表情。
これから隠していたひとつ目の『ほんとう』をさらけださなければならないというのに、いたって無関心に思える。
もう少し、居心地が悪そうにしてくれれば少しは可愛げがあるものを、と思ったけれど、ロビンに可愛げがあるからといってどうなるのだ、と自分で思い返して、ため息をついた。
何故、自分はこんなにもイラだっているのだろう?
「じゃ、さっさとシャツ脱いで」
女部屋に戻ってロビンをベッドに座らせると、ナミはそう言った。
ロビンは何か言いたそうにナミを見ていたけれど、ナミとしては、怪我の治療を済ませるまでは、何も聞いてやるつもりはない。
「何、恥ずかしいの? 大丈夫よ。チョッパーは男だけどトナカイだし、医者だしね」
そうではないだろうな、とわかりつつも、ナミはそう軽口をたたく。
「そうではなくて……」
「それじゃあ、あたしに見られるのが恥ずかしいっての? じゃ、後ろでも向いとくわ」
なおも何かいいたそうなロビンの視線をきってナミが背中を向けると、ロビンは覚悟を決めたのか、衣擦れの音がした。
「……ひどい怪我だ」
「たいしたことないわ。もう、血も乾きはじめているし」
「たいしたことないわけないだろ! こんなひどい怪我、放っておいたら命にかかわるぞ!」
「そんなにひどい怪我なの?」
チョッパーが悲鳴のように高くそう言ったので、思わずナミは振り向いてしまった。
「うっわぁ……」
そんなナミをとがめるような目でロビンが見た気がしたけれど、想像以上に重症の怪我の方に視線を奪われてしまった。
「ほんと、ひどいわね……」
「ああ」
あまりの痛々しさに目を背けたくなるような、ひどい怪我だった。
海賊であるうえに、何かと騒ぎばかり起こすクルーたちに怪我はつきものだったから、ある程度慣れているはずなのに、そうやって見たり手当てをしたりした中でも、間違いなく重症の部類に入る。
何より、化け物じみた頑丈さを持つ男性陣とは違って、目の前のきゃしゃなこの女に、他のクルーたちのような回復力があるようにも思えなかった。
チョッパーが手にしているガーゼには、血の赤色がべっとりと染み込んでいる。
そのガーゼが隠していた胸部に開いた傷口は、ぐじゅぐじゅと赤く膿んでいる。
おそらく、ロビンが自分で手当てをしたのだろうけれど、どう見てもその手当てはただガーゼをあてがったに過ぎない程度のシロモノで、よくこの程度の処置しかせずに、ああまで平然としていられたものだと呆れるほどだ。
いくら気を許すことができないにしても、それで死んでしまってはモトもコもないのに。
チョッパーはロビンの背後に回り、今度は背中から慎重にガーゼをはいだ。
「傷口、貫通してんの?」
ナミもロビンのそばに寄って背中を覗きこむと、背中側には前面よりも大きな傷が開いている。
「してるわ」
答えたのは、チョッパーではなくロビンだった。
「してるわ、って、あんた……」
しれっと言える程度の傷か、と怒鳴りたくもなったけれど、この女の心には怒鳴ったところで響かないのは予想できた。
「痛くないの?」
「多少は」
ロビンは淡々と答える。
いつもの穏やかなほほえみの代わりに浮かんでいるのは、完全なまでの無表情。
「多少、ねぇ」
ナミは額に手を当ててため息をついた。
「傷が深いから、縫合した方が早く治ると思う。麻酔をするからそんなに痛くはないと思うけど、つらかったら言ってくれ」
こんなにひどい怪我なら、針でちくちくされなくたって、麻酔をしていた方がいいぐらいだろう。
どうせ昨日も眠れていない様子だったし、部分麻酔どころか全身麻酔で、少し強制的に眠らせておいたっていいのかもしれない。
「麻酔はいらないわ」
「え?」
「はあ?」
思いもよらないロビンの返答に、ナミとチョッパーの声が重なる。
ほんとうにいい加減にして欲しい。何が『大丈夫』だ。
仮にロビンがばかみたいに忍耐強くて、『大丈夫』という言葉にウソがないとしても、だ。
そんな痛々しい光景を見なくてはいけないチョッパーとナミの身になれ、と詰め寄りたくなる。
たとえ過ごした時間が短くたって、一度クルーになったからには、クルーが痛がったり苦しかったりするのはごめんだ。
「だって、麻酔しなくちゃ、すんげー痛いんだぞ?」
チョッパーが慌てて説明したけれど、ロビンは首を横にふった。
「大丈夫。そのまま縫っていいわ」
「でも……」
チョッパーは困り果てた顔でナミを見上げた。
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