Side_Nami_1



夜になって女部屋に戻ったナミとロビンを待っていたのは、どうにも心が落ち着かない、ぎくしゃくとした時間だった。

見た目には、まったくいつもと同じ光景。

ナミはテーブルに向かって航海日誌を書き、ロビンはベッドの壁際で足を長めて本を読んでいる。

今まで幾夜も訪れたこの時間は、時を重ねるほどに、ふたりで一緒にいることが日常になっていく時間だった。

ロビンの存在を近くに感じて満ち足りる、そんな時間だったのに。

今、この部屋の空気は、お互いがお互いの心の動きを探りあうように、ぴんと張りつめている。

今までふたりが築いてきた時間とは、まったく異質な時間になってしまったのは、じれったさをこらえきれずに距離を詰めすぎたナミのせいだ。

思い出すのは、はらりはらりと雪が舞い落ちる中、目の前に立っていたロビンの姿。

確かにナミの目の前、手を伸ばせばすぐに届くところにロビンはいるはずなのに、ナミがまばたきをした刹那にふっと風景にとけこんでしまうような、そんなはかなさがロビンにはあった。

だから、少しでもロビンの存在を確かなものにしたくて。

ナミはロビンの手をとってあたためようとしたけれど、ロビンはその細い親指の先を、ナミの喉にそっとあてがった。

もちろん、ロビンがナミを傷つけるような行動をとるなんて、微塵も思っていなかった。

ただ、ナミの反応を見たかっただけだろう。

それとも、想いを伝えたナミに対する、幾らかの警告の意味もあったのか。

どちらにしても、子猫同士がじゃれあっているようなものだ。

首をしめるという行動の危うさとは正反対に、この世にあるものすべてをいつくしむようなやさしい瞳で、その細い指先にそっと力をこめるロビン。

……いつまでこの曖昧な触れ合いを続ければいいのだろうと、苛立ちはした。

ナミは動き出したのに、その場にとどまりたがるロビンがじれったくて、詰め寄りたくなった。

けれど同時に、ロビンには時間が必要なのもわかっていた。

ロビンが生きてきた孤独の時間に想いを馳せれば、それは自明のこと。

必要ならば、ロビンが抱えているかなしみやさみしさの記憶を、全部引き受けたってかまわないとナミは思う。

できることなら、ロビンの20年の孤独や痛みを理解したいし、ナミが理解することでロビンが背負う荷物が軽くなるのなら、一緒に持って歩きたい。

だけどそれは、到底無理な話だということもわかっている。

ひとりひとりが抱えた痛みは、そのひと自身のものだから。

どんなに言葉をつらねても、どんなに声を荒げても、どれほど切実にわかってもらいたいと願っても、ひとは自分自身が経験した痛みしか、真に理解することなんてできないものだ。

クルーの中でも、とりわけ自分のことを話さないロビンであるなら、なおのこと。

それに、ロビンはきっと、自分が抱えてきたそういった痛みを、わかって欲しいとは思わないだろう。

それは、ナミ自身にも言える。

ココヤシ村で、幼い日に母を殺されたこと。

母を殺した仇のために、自分の夢として、自分のために描きたかった海図を捧げなければならなかったこと。

ココヤシ村の人たちに、裏切り者としてふるまわなければならなかったこと。

1億ベリーを稼いで村を取り戻すために、ウソをつき、裏切り、体にも心にも傷を作り続けたこと。

ルフィたちに出会って、ココヤシ村を解放してもらい、メリー号の上で笑えるようになるまでの時間は、生きてきた年月の半分近くに及ぶ。

母を失ったあの日から数えれば、本当の意味で笑えるようになったのなんて、つい最近のことだ。

けれどそれはもう、過ぎし日のこと。

思い出すこともあるし、夢に見ることもある。

過去は今を脅かして、立ちすくむこともある。

体の傷は癒えても、傷痕は記憶として心に刻まれ、痛みの記憶をなかったことにするなんて誰にもできない。

でも、ときに現在を脅かすかなしみや痛みの記憶を、誰かに伝えたいとは思わない。

そんなことは、知らなくてもいいことだ。

ロビンが知りたいと言うのなら話してもかまわないけれど、ロビンはきっとそんなことは言わないだろう。

今、誰かと笑いあえる時間があるのなら、それがすべて。

それは、他の誰でもないロビンが教えてくれたこと。



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