Side_Robin_5



ひらり、と目の前を通りすぎたものが雪だと気づくまでには、少し時間がかかった。

雪はハナの手を消すときに散る花びらに似ていると、そう思う。

「降ってきたわね」

後ろから近づく軽い足音は、航海士のものだとすぐにわかった。

軽やかに木の板を踏む、航海士のリズム。

「冷え込んできたから、降るんじゃないかと思って。呼びにきたの」

船縁にいたロビンの隣に並んだ航海士は、そう言って穏やかにロビンに笑いかけた。

「ありがとう」

航海士に『好き』と想いを告げられてから数日経っても、航海士はロビンに返事を求めなかった。

涙をたどって、そっと触れるほどの口づけを交わしたあとは、何も言わずにロビンの隣に寄り添ってくれた。

とくん、とくん、と音を刻む心臓は、寄り添うことで同期したのか、いつしか同じリズムで鼓動しているように感じた。

そんなことがありえるだろうか、とも思ったけれど、たとえロビンの願望が見せる錯覚だったとしても、ひとつになる体温と、ひとつになるいのちの旋律の中に、いつまでもひたっていたかった。

朝になって、ロビンの姿がないことに気がついた船医が慌てて船室から出てきて、安静にしていろと怒られたけれど、しかってくれるおさなくもたのもしい船医の姿は、ほほえましくしか映らない。

「雪は、好き?」

航海士は船縁にもたれかかると、遠く海を眺めながらそう言った。

その意志的な瞳が自分の方に向けられていなくとも、この胸が嫉妬に騒がないのは、航海士の心がロビンの方を向いていると、航海士自身が教えてくれたから。

「嫌いじゃないわ」

でも、ロビンは何も答えを返していない。

ロビンが『好き』と言ってしまえば、ロビンが『一緒にいたい』と言ってしまえば、たぶん、航海士は……このやさしい船は、こんな自分でさえ守ろうとするに違いないから。

ロビンは自分が抱える闇への道連れが欲しいわけではなかった。

「あたしはあったかいところで育ったから、雪はめずらしくて好きなの。でも、寒いのは嫌なのよねぇ」

「そうだったのね」

あたたかなところで育ったから、航海士はたいようの光を十分に浴びて、こんなにもまっすぐに、未来を強くまなざすことのできる人間に育ったのだろう。

「ロビンも寒い?」

航海士のこはく色の大きな瞳が、ロビンを覗き込む。

「少し」

ロビンが小さくうなずくと、「少しどころじゃなくない?」と航海士は笑った。

「手が冷たくても、息はあったかいでしょ?」

航海士は両方の手のひらで自分の口を覆うと、「はーっ」と息を吐きかけた。

「こうすれば、手、あったまるわよ」

「知ってるわ」

その幼い仕草のかわいらしさに、ロビンは目を細める。

「そうなの? ゆびきりも知らないロビンちゃんだから、これも知らないかと思った」

航海士は意地悪く笑って、そう言った。

「ふふ……残念だったわね」

ロビンがそう返すと、航海士は吐息であたためたその手のひらで、ロビンの手をとった。

思わず体をこわばらせてしまったロビンを見て、航海士はにっと笑う。

「手をつなぐとあったかいのは、もう知ってるよね?」

「……そうね」

ふたりの間に、はらはらと舞い落ちる雪のかけら。

つないだ手から、航海士の熱がロビンに伝わる。

「航海士さんの手が冷えてしまうわ」

ロビンはそう言い訳をして、航海士の手をほどこうとした。

このぬくもりに慣れてしまっては、いけないのだ。

「手じゃなきゃいいわけ?」

けれど航海士はそう言って、ロビンの手のひらを自分の頬にあてがった。

航海士の手のひらと頬の間にはさまれた手から伝わるあたたかな体温が、胸の奥までじんと届いた。



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