Side_Robin_4
それでも、夢想せずにはいられない。
もしもこの船にずっといることができたら。
もしも『好きよ』と想いを伝えてくれた航海士に応えることができたら。
『どこかの海で必ず待っとる、仲間に会いに行け、ロビン』
サウロがかつて言った言葉。
その『仲間』が麦わらの一味なら、ロビンが今まで歩いてきた道も、報われる。
確かにロビンは、この人たちと一緒にいたいと思える『仲間』に出会うことができた。
麦わらの船は、迷いなくクルーを守ろうとする船。
でもサウロは、『会いに行け』とは行ったけれど、ずっとその場所にいられるとは言わなかったから。
『明日も明後日も、新しい思い出が欲しいと思えるような今を見せたい』
大好きなあなたに、そう言ってもらえることの幸福を。
『過去にばっかり目を向けるから、むかついた』
大好きなあなたに、『こっちを見てよ』と想いを伝えてもらえることの幸福を。
壊れやすい宝物のように、そっと抱きしめることしかロビンにはできない。
『それは今、この瞬間からつながっていく未来に、勝るものなの?』
未来に勝る『今』もあるのだと、あのときロビンが航海士に伝えていたら、航海士はどんな顔をしただろう。
怒っただろうか。
悲しんだだろうか。
あきれただろうか。
たぶん、ロビンは20年前のあの日、一度死んだのだ。
体は『生きて』という母の言葉によって生かされたけれど、ロビンを抱きしめてくれた母のぬくもりを最後の記憶にして、心は死んでしまったのだと思う。
けれど、この船に乗って、クルーたちそれぞれの青空のように晴れ渡った明るい心にかこまれて、航海士の春のたいようのような優しさに包まれて……
心はゆっくりと息を吹き返したかに見えたけれど。
息を吹き返した心は、もう一度死ぬ運命にあるのだと、青キジは告げにきたのだ。
この船を去るときに、ロビンの心はもう一度死ぬ。
ロビンはまた、オハラと母の遺志を受け継ぐだけの、亡霊に戻る。
肉体から切り離された魂は、現実の体に降り注ぐ悪意や痛みを少し離れたところで傍観しながら、夢を見る。
今までは、それは母が抱きしめてくれた両腕のぬくもりだった。
それは、母とつないだ手のあたたかさだった。
それは『がんばって勉強したのね』と、『すごいわ、ロビン』と、頭をなでながらほめてくれた母の声の温度だった。
そしてこれからも、ロビンはかなしみを切り離しては夢を見るだろう。
航海士がくれた、やさしくあたたかな想い出を、夢に見るだろう。
出会ったこと。言葉を交わしたこと。一緒に食事をしたこと。買い物をしたこと。お酒を飲んだこと。隣あって眠ったこと。怒られたこと。笑いあったこと。
頭をなでる少し乱暴な手つき。そっとさぐるようにつながれた手のひら。揺れる心を見透かす瞳。抱きすくめてくれた腕。涙をたどった唇。
何度も何度も繰り返し死ぬことが宿命づけられたこの心だから。
あなたが想いを伝えてくれても。
あなたに対する想いがどんなに深くても。
未来なんて見えないの。
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