Side_Nami_7
「何であたしが『むかつく』って言ったかわかる? ロビン」
「私があなたの機嫌をそこねたから、ね」
ロビンは夜空を見上げながら答えた。
「何で機嫌をそこねたと思う?」
「……今日の航海士さんは、質問が多いのね」
ロビンは苦笑しながらナミの方へと顔を向ける。
「ごまかさないで」
ナミが少し強い調子で言うと、ロビンは苦笑したまま小さく肩をすくめた。
「うれしい? って訊いたってことは、あたしが喜ぶかもしれないと思って言ったんでしょ?」
「そう、かもしれないわ」
「じゃあ、何も望まずそう訊いたの?」
質問を重ねると、ロビンはまた視線を夜空に戻した。
「……わからないわ」
「そう」
視線がどうしても空を向いてしまうのならと、ナミは毛布の中で触れあう腕をたどって、ロビンの手と自分の手をからませる。
ひんやりとした、ロビンの手。
ロビンの手があたためられて、ナミの手が少し冷やされて、同じ体温になったとしても足りない。
ふたりの間にある境界なんてなくなって、とけあうほどに長く、長く、それこそ永久の時間を一緒にいたい。
ロビンはちらりとナミを横目に見たけれど、つながれた手を握り返すでもなく、振り払うでもなく、すぐに夜空へと視線を戻した。
心に抱えた大事な想いを、与えられるのも与えるのも両方苦手だなんて、ほんとうに厄介なひと。
ふつうならどちらか一方ぐらいは得意なものなのに。
「あたしたちが見てる星の光ってさ、過去の光なんでしょ?」
考古学者としてのサガなのか、それとも生まれ持っての性質なのか、20年という月日が作り上げた性格なのか、過去ばかりを大切にしようとするロビン。
ふたりの間に生まれた今、この瞬間さえ、ひとりきりで思い出すための過去としてしかとらえられないロビン。
そんなの、かなしすぎるから。
そんなの、他の誰でもない、あたしがさみしすぎるから。
今は過去のためじゃなく、未来のためにあるもんだって、わかってよ。
そう願いながら、問いかける。
「そうね。視覚情報は光を受け取って脳内に再生されるものだけれど、光には速度があるから、遠くにあればあるほど、私たちがその存在を認識するのは遅れてしまう。太陽ならば、私たちが見ているのは8分程度前の光。夜空の星はもっともっと遠くて、何千年前とか、何億年前とか、そんな果てしないほど昔の星の姿だと言われているわ」
「じゃあ、あたしは?」
「え?」
ナミの質問に、ロビンの目が戸惑いに揺れる。
「あたしの姿があんたに届くまで、どれくらい?」
「……1秒もかからないわね」
ナミはつないでいる手とは反対側の手をロビンの頬に伸ばし、顔を自分の方に向けた。
「じゃあ、そんな遠いものより、あたしを見てよ」
踏み出した、もう一歩。
「そう思って、むかついたの」
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