Side_Robin_3
「あの……航海士さん?」
こんな状況は初めてで、浮き足だった心は落ち着かない。
互いに片方の手はつながれ、もう片方の手には先ほどのショップの紙袋がぶら下がっている。
身の置き所にさえ迷ってしまうような戸惑いの中、ロビンはためらいがちに航海士を呼んでみた。
「何よ」
けれど航海士は足を止めず、ロビンの手を離すこともなく、ずんずん先に歩いていく。
こんなに歩くスピードが速かったかしら、と疑問に思うほど大股に歩いていく航海士は、不機嫌なのだろうか。
しかし、ロビンの言動のせいで機嫌をそこねてしまったのなら、この手をさっさと離すはず。
掴まれている手の理由を訊くこともできず、かといって、どうしてどこか怒ったような、拗ねたような表情をしているのか尋ねることもできず、ロビンはただ状況に流されてしまう。
「別に、ロビンが欲しいなら、本でもいいんだけどさ」
ようやく航海士が口を開いたのは、本屋の前に立ったときだった。
「……?」
突然足を止めてそう言った航海士に、ロビンは疑問の視線を送る。
「本はさ、なんか……生活感、ないじゃない」
いつも迷いなく言葉を紡ぐ航海士には珍しく、言葉を選ぶようにためらいがちに話す。
その言葉の真意がわからず、ロビンは航海士の言葉の続きを待った。
「だから、服ならさ……いっぱいあったら、それだけロビンがちゃんと船にいてくれる、っていう気がするっていうか……」
いっぱいあったら、それだけロビンがちゃんと船にいてくれる……
航海士の言葉を心の中で反芻して、その意味を理解すると、自然と口もとがほころんでしまって、ロビンはそれを隠すように手で覆った。
「なあに、それ?」
けれど、その言葉の意味を……航海士のむすっとした顔の理由をいったん理解してしまうと、くちもとがゆるむだけでは抑えきれなくて、くすくすと笑いがもれ出てしまう。
なんて、かわいらしい女の子なんだろう。
なんて、いとしいんだろう。
胸の奥からわきだして、体中にじんわりとしみいりながら広がっていくいとしさが、ロビンを自然に笑顔にしている。
「別に! 深い意味なんてないわよ!」
相変わらずむすっとしている航海士だけれど、頬は赤く染まっていた。
いつもはあまりに見透かされてしまうから、ロビンの方が先に逸らしてしまう視線だけれど、今日は航海士が劣勢で、気まずそうに瞳は逸らされている。
つまり、航海士は照れているのだ。
『意味は、あるのでしょう?』
そう、尋ねてみたくなる。
『私がこの船にいる証が、欲しいのでしょう?』
いつもと立場を逆転して、ロビンがそう意地悪に問いかけたなら、航海士はもっともっと、かわいい面を見せてくれるに違いない。
わかっていても、望んでいても、そうできなかったのは、ロビンがこの船にとどまり続ける未来はないのだと、知っているから。
それ以上に、航海士のそんなかわいらしい姿を見てしまったら、この想いが秘めておけなくなってしまうから。
「ほら、いつまで笑ってんのよ! 入るわよ!」
なかばやけになったように、航海士はぐいぐい手を引っ張る。
……好きよ、航海士さん。
そう背中に呼びかける。
あなたの勝ち気な笑顔も。
すっと伸びた背筋も。
細いのに、私を引っ張って行ってくれる腕も。
いつもいつも、私を追い詰めては困らせる言葉を紡ぐ唇も。
私のことを見てくれる瞳も。
やさしく触れてくれる手のひらも。
私の痛みをすくいあげてくれる言葉も。
目が合った時に交わされるほほえみも。
すべて、何もかもが、いとしいの。
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