Side_Nami_7
「で、どんな童話なの? それ」
ナミはロビンの腿から本を取ると、ぱらぱらとめくった。
普通の本より文字が大きい、見るからに子ども向けの本だった。
ところどころに花の挿し絵がはさまれている。
「花にちなんだ物語を集めた童話集、かしら」
本に向けるロビンの目はとても穏やかで、その瞳はロビンがこの本をかなり気に入っているらしいことをナミに教えた。
「花、かあ……たとえばどんな花の物語があるの?」
ロビンがチョッパーに訊かれた花の名前は、ひまわり、だったろうか。
あのときロビンは、ナミに愛とはどういうものなのかを尋ねたのだった。
なんならあのとき身を持って教えてあげればよかった、などと思ったところで、耳にロビンの吐息がかかっただけで動けなくなってしまう自分を思い出せば、また情けない気持ちが戻ってきただけだった。
「正確には、花言葉、ね。物語に直接花が出てくるわけではないのだけれど、挿し絵に描かれている花の花言葉が、短い物語のテーマになっていると思うの」
「そうなんだ。でも、子どもとか気づくかなあ」
「そうね。だから、おとなむけの本でもある、と思うわ。小さい子も、純粋に楽しめるとは思うけれど」
そう言ってロビンはほほえむ。
この人は絶対に子ども好きだ、と疑いもなく確信できるような、そんなやさしいほほえみでもって。
「たとえばこの物語は、病気で母親を失った少女が主人公なのだけれど、悲しみにくれて時を過ごすうちに、やがて医者になるという夢の中に希望を見いだすの。ありがちな話だけれど、最後のページにはユキワリ……えんどうの花の絵が描かれているわ。えんどうの花言葉は『いつまでも続くかなしみ』。童話だから、一見物語は幸福な結末を迎えるように見えるけれど、深読みすれば、物語の根底には深い深いかなしみが常に流れていて、それは決して消えることのないものなのだと読むこともできるわ」
「なるほど……」
ナミはいつもよりずっと饒舌に本の内容について語るロビンに、うなずいてみせる。
これが歴史について語るときになると、目まできらきら輝きだすからすこぶる心臓に悪い。
「単純な童話ではないわけね」
それならば、ロビンが何度も読み返しているのもうなずけるかもしれない。
「深いかなしみとは、何かであがなえるものではないと、今はおとなになったかつての子どもたちに教えているのね」
かなしみは、何かであがなえるものではない。
ロビンの言葉に、心臓がどきりとはねた。
『大好き』
そう言って笑った母の顔が、ナミの頭によみがえったから。
『大好き』
そう言って死んでいった母の顔が、あざやかに思い出されたから。
手のひらに、じっとりと汗をかく。
心臓はいやに早く収縮を繰り返し、血液が波打つようにドクドクと体中をめぐっていく。
『くだらねえ、愛に死ね』
そう、アーロンに言われた通り、ナミとノジコを守るために、笑顔でいなくなってしまった母。
『大好き』
響く、銃声。
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