side_Robin



夜の見張り番をする、と言ったら、あっさりと航海士に断られた。

何をするか分からないから、という理由は、大いに納得できるものだ。

それでも、今のこの状況には、いまひとつ納得できない。

いや、納得できない、というのは適切ではないのかもしれない。

「どうしたのよ?」

航海士は少し不機嫌そうに腕組みをしてロビンの前に立ち、疑問の目を向けている。

「壁側じゃ不満だっての?」
「いえ、そういうことではなく……」

夜の見張り番をするという申し出を断られた代わりに命じられたのは、航海士と同じベッドを使う、ということだった。

女部屋に戻ってくるやいなや、「あんたのパジャマね」とTシャツとスウェットと下着を渡された。

どうしたものか立ちすくんでいると、「下着は新品だから大丈夫よ」と笑って言われた。

それに答えられずにいると、「ブラは貸したげたくても、サイズ合わないでしょうが、何よ、嫌味?」と眉をひそめられた。

そうではないと首を横に振ると、「シャワーでも浴びて来たら」と言われて、言われた通りにシャワーを浴びて部屋に戻ったら、テーブルにノートを広げて書き物をしていた航海士は「ロビンはあっちね」とベッドの壁側を指差した。

今までなんとなく成り行きにまかせていたけれど、これはちょっとどうかと思う。

「……私はソファで寝るわ」
「は? 何、今更遠慮してんの?」

航海士はくくっと笑った。

「それとも、怖いの? 眠ってる間に何かされそう?」

琥珀色の瞳が、いたずらっぽくロビンを見上げている。

「そうではなくて」

何かされるのでは、という恐怖は、航海士の方にこそあるのではないだろうか。

隠して強がっているのかとも思ったけれど、よみきれない。

昼間はあんなにわかりやすく警戒してくれたのに。

「大丈夫よ。ビビも隣に寝てたから」

それに関しては、勝手に船に乗り込んだときに、ひとつのベッドに枕がふたつあったから、たぶんそうなのではないかと思っていた。

けれど、砂漠の国の王女と自分とでは、立場がまったく違う。

ロビンがどういう目的でいたかはさておき、自分は砂漠の国を苦しめていた組織の中心にいた、得体の知れない能力者。

そして、航海士は王女ととても仲がよかったはず。

「ベッドが狭いのにも慣れてるし」
「でも、私はあまり眠る方ではないし、どこでも寝られるから、ソファで十分なの」
「ソファで寝るより、ベッドで眠る方が疲れは取れるわよ」

航海士はノートを閉じると、椅子の背もたれに体を預けて座り、ロビンを見上げた。

「そもそも、あんたあたしより強いんだから、心配することなんてないでしょ」

航海士の挑発的な瞳に、何か試されているのかしら、と思って、仕方なくロビンはベッドに歩みを進め、毛布をかぶった。

「意外と素直ね」

そう言った航海士に視線を送ると、本当に意外そうな顔をしていた。

「どうして欲しかったの?」

ロビンが尋ねると、「どうにも」と航海士は肩をすくめてみせて、隣に入ってきた。

「じゃあ、ランプ消すわよ」

そのまま航海士は言葉通りにランプを消して「おやすみ〜」と口にした。

ロビンもとりあえずは目を閉じてみたけれど、眠れるはずもない。

誰かの体温を感じながら眠るなんて、自分には居心地が悪すぎる。

しかも、相手からは何の悪意も裏も感じられない。

暗闇に響くのは、波の音と、航海士の小さな息遣い。

怖いの? と航海士は尋ねた。

確かに、怖い、というほどの強い感情はないものの、それに近い感情はあった。

この船は、何もかもが優しすぎて。

ロビンが乗船しているのが分かってから、まだ半日も経っていない。

それなのに、この船のクルーはロビンがこの場所にいることを受け入れている。

剣士は厳しい疑いの目を向けていたわりに、あっさり居眠りをしてしまっていたし、航海士だって、宝石にだまされてくれつつ、なんだかんだとロビンを気づかってくれている。

打算がないのが、ロビンの居心地を悪くする。

悪意がないのも、ロビンの居心地を悪くする。

優しくされるのも居心地が悪くて、許されるのなら、なおのこと。

……麦わらの船には、次の島まで連れていってくれればそれでいい、ぐらいの気持ちで乗り込んだ。

夢がついえて生きる意味を失った自分を生かした責任として、それぐらいしてもらっても、と思っていたのは確かだが、同時に、自分を生かした麦わらの少年の仲間が、ロビンを拒絶する選択をしたってまったくおかしくなかったし、それならば受け入れようと思っていた。

何でもよかった。

あの砂漠の国から抜け出すことができれば。

それなのに、何故自分は「仲間に入れて」なんて口走ってしまったのか。

言うつもりだったセリフは、「次の島まで乗せて」だったのに。

「眠れないの?」

不意にかけられた声に視線を送ると、いつの間にか航海士が目を開いていた。

「まあ、当たり前よね」

息を漏らすように笑って、航海士はわずかに身を起こすと、ロビンの方へ体を向けた。

「子守唄でも歌ったげましょうか?」

身を起こすためについた肘のその先の、自分よりもきゃしゃな手のひらに乗っかっている顔は、ずいぶんと意地悪な笑顔をしている。

「そうね。お願いしようかしら……」

ロビンはそう言って瞳を閉じる。

「やあよ。そしたらあたし、朝まで歌ってる羽目になるじゃない」

ロビンの言葉に、航海士はそう言ってけらけらと笑った。

表情がくるくると変わる航海士だから、きっと今、たいようみたいな笑顔を浮かべているに違いない。

目を閉じていても、航海士の表情が鮮やかにまぶたの裏側に蘇って、どきりとした。

「私が寝付いたら、やめたらいいわ?」
「だから、あんた寝付かないでしょうが。こーんな近くで、あたしが起きてたらさ」

分かっているのなら、どうして同じベッドで眠れなどと言ったのだろう。

「やっぱり私はソファで……」
「ばか」

航海士の真意がどうであれ、とりあえず同じベッドで眠るのはよくないだろうとそう提案したら、「ばか」という言葉とともに、額をぺしりと叩かれた。

「そういうことじゃないでしょうが」

ずいぶん優しい響きをした「ばか」だったなと思いながら、航海士が触れた額を押さえる。

少し熱を持っている気がしたのだが、触れた温度はいつもと変わらなかった。

「じゃあ、どういうことなの?」
「あんたがどういうつもりでこの船に乗ったのかは知らないけどさ」

ばふっと音がしたので横目に隣を見ると、航海士は仰向けになって天井を見つめていた。
日の下では琥珀色の瞳は、夜の中では闇をたたえてきらきらしている。

「苦労するわよー」

そう言って笑った航海士の表情は、あまりにも屈託がなくて。

ロビンは目を逸らすしかなかった。

そんな笑顔を見せないで。

そう思ったけれど、何でそんなことを思ったのかさえわからなかった。

「苦労?」
「うん、すっごく困ると思うわ」
「そうなの?」
「船長はじめ、ばかばっかりだもの」

それに対してはなんと返答してよいものか分からなくて、ロビンは沈黙を選ぶ。

確かに、羽目を外しがちなクルー達をしかる航海士は、大変には違いない。

「だから、ここには『ほんとう』しかないの」

けれど航海士の言葉の意味するところは、ロビンが考えていたものとは違ったらしく。

「ほんとう……」

ロビンはただその言葉を繰り返した。

「そ」
「それは、大変そうだわ」

そんな世界、自分は知らないから。

「でも、あんたはもうこの船に乗ったから」

視線を感じて航海士を横目に見ると、航海士は顔だけをこちらに向けて、にっと笑った。

「だから、とりあえずあたしの隣で慣れたらいいわ」

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