Side_Robin_4
なんとあまやかな時間なのだろう。
決して届けるつもりのない恋だから。
ひとりあそびのような、こんな時間だって過ごせる。
だって自分には、失うものなどもう、何もない。
『明日も明後日も、新しい思い出が欲しいと思えるような今日を見せたい』
航海士はジャヤで、ロビンにそう言ってくれた。
けれどそれは、ロビンを追いかけてくる闇の深さを知らないから言えること。
もちろん、そのことをとがめるような気持ちはまったくない。
知らないことも、わからないことも、ロビンを悲しませる理由になりはしない。
事実としての歴史は、過去の人びとが残した書物でたどることができる。
けれど、心を持ったひとりの人間が生きてきた過程を、その想いまでを含めたほんとうの意味で知ることなんて、誰にもできないから。
どれだけ言葉を重ねても、すべて伝わらないのが心なのだ。
どれだけ言葉をつらねても、すべて理解できないのがかなしみだ。
そうして届かないことや理解してもらえないことで、言葉を紡ぐほどに苦しみが深くなるというのなら、もはや口を閉ざしているしかない。
今までロビンはそういう風な生き方をしてきたから、この船に乗ってからも、そういう風に生きることしかできなくて。
けれど、何も語らないでいたロビンを、航海士は責めるどころか、声にならない言葉までもすくいあげてくれる。
今までロビンの知識を何かに利用しようとした人間はいても、ロビンの心の声に耳を澄ませてくれた人間はいなかった。
生きていることさえ許されない存在である自分には、自分の心を語ることだって許されなかった。
仮に、声に出したところでその言葉が意味をなさないのなら、伝えようとした心は死んでしまうということだ。
これ以上の苦しみはいらないから、ロビンは語ることを放棄した。
でも、語ることを放棄することと、何も感じないことは同意ではないのだと、身に沁みてわかったのは、この船に乗ってから。
この船は、あまりにあたたかくて。
心が感じたことを、思ったことを、クルーたちに伝えたがってわめきだすのだ。
闇に生きてきた自分が、決して望むまいと、心に決めてきたことを。
ロビンが必死で押さえこもうとしても、何もなかったふりをしようとしても、声に出せと心はわめく。
でも、それはやっぱりいけないことだから、のどもとまでせりあがってくる想いをどうにか飲み下すのだけれど、航海士だけは、そんな声にならない心の声をすくいあげてくれた。
だから。
もうあなたは見せてくれているのに、と伝えたくはある。
明日も明後日も新しい思い出が欲しいと思える今日を、あなたはもう見せてくれた。
ただ、明日も明後日も新しい思い出が欲しいなんて口にすることができない過去を、ロビンがたどってきただけ。
そうである以上、ロビンにとって、明日も明後日も新しい思い出が欲しいと思える今は、いつか、手放さなくてはならない未来。
だから。
ただ今だけは、このあまやかなひとときを、享受させて欲しい。
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