Side_Robin_3
「……航海士さん」
ロビンのそばで丸くなって寝ている航海士の名を、音になるかならないかの声で、そっと呼ぶ。
「どんな夢を、見ているの?」
起こすつもりは、まったくなかった。
ただ、一方通行の会話だけでも、今はこのうえもなく満ち足りた。
「聞こえている?」
航海士は肩をかすかに上下させながら、安らかな寝息をたてている。
「届いているかしら……」
ロビンは小さくつぶやいて、航海士に静かに手を伸ばした。
「……ナミ」
ささやくようにその名を口にすると、それだけで心が震えた。
伸ばした手で触れることなんて、とてもできなかった。
胸の中に押し込んでいたものがせきを切ったようにあふれだし、のどから出てきて嗚咽してしまいそうで、航海士に触れようとした手を戻し、自分の口もとを押さえる。
ああ、自分はずっと、この少女の名前を呼びたかったのだ。
それだけ、わかった。
「ナミ」
ロビンは静かに繰り返す。
航海士の、安心しきった寝顔を見つめながら。
「ナミ」
深く眠り込んでいるひとたちのいびきや、酔っ払ってたのしい夢をみている誰かの寝言。
夜行性の動物の鳴き声、解放された大地を走る風と、風に揺れる木々の葉の音。
様々な音にかき消されて、自分にだけようやく届くような声で、ロビンは航海士の名を呼び続ける。
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