Side_Robin_1
結局、鐘楼をこの目で見ることはできなかった。
麦わらの少年が、地上にいるモンブラン・クリケットにその想いが届くように、力一杯響かせた鐘の音は島中に鳴り響き、鐘楼の存在をロビンに教えたけれど、黄金で作られた船の転落と共に、鐘も行方不明になってしまったらしかった。
つまり、そこにあったはずのポーネグリフは失われてしまったのだ。
それは、過去にこの世界に生きた人びとが、硬石という何者にも破壊されない媒体を選んでまで、次代の人間に残そうとしたメッセージが、永久に届くことがなくなったということだ。
それなのに、どうしてだろう。
以前の自分であったなら、とてもとても、悔しかったはずだった。
あきらめきれなかったはずだった。
いまや『空白の歴史』を紐解ける人間は、ロビンだけなのに。
母から、オハラから受け継いだたったひとつの遺志が、過去の人びとの声を今に届けることだったのに。
少なくとも、宴を楽しむような気分にはなれなかったはずだ。
空島が『神』を名乗った人間の支配から脱したことのよろこびよりも、空島にあったポーネグリフが失われてしまった悔しさや絶望の方が大きくて、他の人間の笑顔なんて見ている気分にはなれなかったはずだ。
それなのに今、どうしてかロビンは、妙にさっぱりとした気持ちでいられた。
唯一生きる支えにしてきた夢への道を、再び失ったに等しいのに。
みなが歌い、踊り疲れて寝静まり、今は闇ににじむキャンプファイヤーの小さな残り火だけが、よろこびにあふれた宴の名残り。
仮に、みなに合わせるために宴に残ったとしても、クルーたちが眠りについた後までこの場に残り、深い傷を負ったその寝顔を黙って見ているなんて、今までの自分ではありえなかった。
一縷の望みをかけて、ポーネグリフが刻まれた鐘楼を探しに、森の中へと入ったはずだ。
それなのにロビンは今、キャンプファイヤーの残り火の周りに寝転んでいるクルーたちの傍から、離れたくない、と思う。
いまだ幼さを残した、あどけない寝顔を見ていたい、と思う。
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