Side_Nami_5



「航海士さん?」

考えに沈みこんでいたナミは、ロビンに呼ばれてはっとする。

「どうしたの?」

「……いや、もっとぐびぐび飲めばいいのに、と思って」

沈黙の重さから、ナミのごまかしを見抜いたのだろう。

ロビンの瞳が少し揺れたことに気づいたけれど、こちらからアクションを起こさなければ、ロビンから何か仕掛けてくることはまずないのだともうナミは知っているから、その揺れは無視した。

はじめから無視してるのはあんたの方じゃない。

そんな気持ちがなかったとはいえない。

「あそこまではしゃげ、とは言わないけどさ」

ナミはキャンプファイヤーを囲んで未だに踊りくるっている、チョッパーを除くクルーたちを顎で示す。

「そんなロビン、想像できないし」

「そう?」

「わりばし、もらってきてあげようか?」

「……遠慮しておくわ」

ロビンは苦笑して、首を横に振る。

こんなことまでうなずかれたらどうしようかと思った。

わりばしで宴会芸をするロビンを見るなんて、絶対にごめんだ。

「たぶん、もっと飲んでも大丈夫だとは思うのだけど」

「え?」

ロビンが口にした言葉が意外で、ナミは思わず声をあげてロビンをまじまじと見た。

その穏やかな瞳は、しっかりとナミに固定されている。

どこまでも、吸い込まれそう。

「明日、黄金を探すついでに、遺跡の調査をしたいから……体調を、万全にしておきたいの。アルコールが残れば、思考がにぶるし、空島なんて、二度とこられない場所だし。二日酔いで調査をして、見落としがあっては困るし……」

随分と、歯切れの悪い話し方。

……ロビンは今、言い訳をしているのだ。

そう気がついてしまったらもう、口もとがにやけてにやけてしょうがなかった。

あの誰かからの働きかけがなければ、すみっこでおとなしく過ごしているロビンが。

かといってかまいに行けば、照れて目を逸らしてしまうロビンが。

ロビンが欲しいものを与えよう、ロビンがうれしい言葉を伝えようとすると、逃げてしまうロビンが。

クルーたちのやさしさを受け止めかねて、何もほしくないんだとうそぶくロビンが。

今、ナミに対して言い訳をしているのだ。

決してあなたたちを信頼していないわけじゃないの、と言い訳をしている。

ゆっくりと言葉を選ぶように、どうしたらナミが誤解しないかを慎重に考えて、ためらいながらも言葉を紡いでいくロビン。

ああ、もう。

どうしようもなくこの人が、かわいくて、大好きで、もう、手放せない。

想いが通じるとか、通じないとか、もう、そんなこと関係なく、どうしたって、手放したくない。

たまらなく、好きなのだ。

自分の気持ちはもう、こんなところまで来てしまっているのだ。

「あの……航海士さん?」

たぶん、ナミの表情がゆるみきっているのは、ロビンの目にもあきらかなのだろう。

瞳が、声が、表情が、どこか困ったような、不安の色をナミに届けはじめている。

「私、何か変なことを言っているかしら?」

そう言ってロビンが目を伏せると、長いまつげが揺れた。

「全然! たださ……」

ナミはロビンがきゃしゃな手のひらで包んでいるジョッキに、自分のジョッキをかつりと合わせると、中身を一気にあおる。

「そんなに、一気に飲んでは……」

「ほーんと、遺跡バカ、と思って!」

ナミはロビンの言葉を遮って言うと、にっと笑った。

「……ひどいわ」

その顔は、ちょっと拗ねた顔。

わかる。わかるよ、ロビン。

あんたがどんなに自分を隠そうとしたって、きっとあたしには届いちゃう。

だってあたしは、こんなにあんたをみてるんだもん。

「そんな遺跡大好きなロビンも、いいと思うよ。もっともっと教えてよ、ロビンが好きなもの。知りたいよ」

「……っ」

ナミが笑って言ってロビンの頬に手を伸ばすと、今度はわかりやすく顔を背けてくれる。

「ばーか」

頬にやさしく触れてなでながら言った言葉に、ロビンはうつむいたままだった。

けれど、その頬を染めるのは、キャンプファイヤーの揺れる炎だけではなくて、ロビンの中を駆けめぐるあたたかな血液のせいでもあるのだと、ナミにはわかってしまうから。

今、ふたりをつつむやさしい時間は、決してこの恋の行き止まりではなくて。

いつかナミとロビンのふたりともが、やすらいだり、みちたりたり、しあわせだと感じられる、そんな未来に続いていくのだと、信じられる気がした。


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