side_Nami



よめない女。

瞳を見て、微笑みを形作る唇を見て、その整った笑顔がかもしだす穏やかさを見て、長くてしなやかな手足が行う優雅な動作を見て、つくづくそう思うのに。

気がつくと、警戒をといている自分がいる。

何もかもが不審だ。

ナミは甲板に出したデッキチェアに足を組んで座ってコーヒーを飲むロビンを蜜柑畑からちらりと見下ろすと、ため息をつく。

警戒心を隠しもせずに事情聴取をしていたウソップも、今はルフィやチョッパーとたわむれている。こういうときのサンジに関して、はなから期待していないからいいとして、唯一頼りになりそうなゾロにしても、警戒をといているわけではないにしても、気持ちよさそうにいびきをかいている。

つまり、甲板にはつい先日まで敵だった人物が座っているにもかかわらず、この船はいつも通りというわけだ。

もとはビビを苦しめてきた組織の一員で、しかも幹部で高額の賞金首で、悪魔の実の能力者、特技は暗殺。

警戒するなと言われる方が、どだい無理な話のはずなのに。

気がつくと、そこにいることに違和感を感じていない自分がいる。

確かに、こういうことに関して、船長の判断は間違わないと信じてはいる。

ルフィの言うように「悪い奴じゃない」かどうかは今は判断の材料がないから置いておくとして、今のところはこの船に危害を加えるつもりはないのかもしれない。

しかしそれにしたって、この緊張感のなさは我ながらどうかと思うのだ。

ルフィやチョッパーはともかく、ウソップの「何かがやべーセンサー」はあっという間にアラートを鳴らすことをやめてしまったようだし、ナミ自身の「何かがやべーセンサー」も役割を放棄しているようだ。

みかんの木にもたれかかって、甲板で思い思いに過ごすクルー達へ視線を転じながらポケットに手を入れると、先ほどロビンが差し出した宝石が手に触れた。

ナミの「オタカラのにおいセンサー」が、「何かがやべーセンサー」に打ち勝ったのでは決してない。それならば宝石を手にした時点で、「何かがやべーセンサー」は再稼働を始めるはず。

ナミは宝石のひとつを手に取り、たいようにかざす。

「ほんもの、よね……」

それは受け取った時点で、分かっていたこと。

「にせものだったら?」
「そりゃもう、鉄拳制裁じゃすまな……って」

気がつくと、自分を覆う長い影。

ほんとうに、どうかしている。こんなに近寄られるまで、放っておけたなんて。

「鉄拳制裁って、げんこつ?」

穏やかに目の前で笑っているこの人は、ビビの苦しみの、砂漠の王国が受け続けた傷の、元凶だった人なのに。

「……わかってるじゃない」

ナミは宝石をかざしていた手をおろした。

どうかしている。自分はこの人を、もう許しはじめているのだ。

「鉄拳制裁して、そのあとはどうするの? 追い出す?」

そう問うロビンの表情を見て、ナミは眉をひそめる。

「ずいぶん楽しそうに訊くのね。追い出されたいの?」
「いいえ?」

ろびんは苦笑してゆるく首を横にふった。

「そうね、鉄拳くらわした後は、みかんの世話でも手伝わせようかしら」

寄りかかっていたみかんの木から背中を離して幹に触れ、自分で言った言葉の意味を理解して、驚いた。自分はこの大切なみかんの木に、今日乗船してきたばかりのこの人に触れられてもいいと思ったのだ。

「あんたの能力、便利そうだし」

そんな自分をごまかすようにそう付け足してロビンを見上げると、ロビンは意外そうな顔をしてナミを見下ろしていた。

深い、オーシャンブルーの瞳。

吸い込まれそうになって、慌てて目を逸らす。

「何よ?」
「いえ、それだけでいいのかと思って」
「え? じゃあ、女部屋の掃除と、風呂掃除もする?」
「いいえ、そういうことではなく」

ロビンは首を横にふる。

「私が払った乗船料は、あなたが予想した価値に遠く及ばないかもしれないのよ?」
「何、にせものなの、これ?」

本物だとは分かっていたけれど、あえて尋ねた。

この女は、一体自分に何を言わせたいのだろう。

「……いいえ」

何故この船に乗ったのだろう。

ロビンの様子を見て、改めてそう思う。

政府から20年、逃げているのだとロビンは言った。

海賊が隠れ蓑としていいかどうかはわからないが、こんな少数海賊団が、その役割に適しているとは思えない。

それに、海軍があれだけ港をかためていたあの時に、その海軍のターゲットであるこの船に乗ることは、とてもリスクが高かったはずだ。麦わらの一味が捕まるかアラバスタから離れるかして、騒ぎがおさまってから、あるいは騒ぎに乗じて別のルートを選んだ方が、ずっと安全だろう。

それでもロビンはこの船を選んだ。

行くところも帰るところもないと言っていたけれど、ウソではないのかもしれない。

「どうしたの?」

やわらかな微笑みは、たぶん、作られたものだろう。

クルー達の前でロビンはずっと笑っているけれど、それはほんとうを隠すための笑顔にも思える。

くすぐったりしたら、変わるだろうか。

「なんにも」

ナミは自分の考えに苦笑して、頭を横にふった。

どうかしている、と今日は何度も自分に呆れたけれど、今が一番どうしようもない。

ほんとに笑ったら、どんな顔になるのか、なんて。

「あんたも難儀な性格ね。せっかくこの船に乗ったのに、もう降りる理由を探しているの?」

ナミが腕を組んで意地悪くそう言うと、ロビンはすうっと目を細めてナミを見た後に、また微笑んだ。

「そんなこと、ないわ」「それって本心?」

ナミがからかうように言うと、ロビンは表情を変えずに「ええ」とうなずいた。

嫌味なぐらい、完璧な笑顔。

「あ、そ」

ナミはそれ以上は追求せずに、みかんの木から食べ頃のみかんを一個もぎとる。

「みかんは私の断りなく食べないでよね」

そう言ってぽんとロビンの自分より高い位置にある肩を叩いて甲板へ下りようとすると、「航海士さん」と呼び止められた。

「何よ?」

ナミは振り向いたけれど、ロビンは背中を向けたままだった。

「ルールを破ったら、追い出されるのかしら?」

今日から「おとなのおねーさん」がクルーになったと思っていたけれど、これはもしかしたら、「おーきなこども」が増えたのかもしれない。

なんとなくそう思って、そう思ったらなんだか笑えた。

「そうね……お風呂だけじゃなくて、トイレ掃除もさせて、ルフィたちの世話で疲れきってるあたしを更に疲れさせた罰として肩でも揉ませて、それでも気が済まなかったら、それから考えるわ」

「……そう」
「ああ、でも」
「なあに?」

ひとつ忘れていたなと思って呟いた一言の続きを催促する「なあに?」は、やっぱり楽しそうで、それが少し気に障った。

自分を試そうなんて、いい度胸をしている。

「みかんの世話の手伝いはもうさせないわね、確実に」
「……それは、残念ね」

空を仰いで呟いたロビンの声は、今度はちょっとだけだけれど、残念そうに聞こえたから。

まあ、あんたになら試されてやってもいいか、なんて思った自分は、やっぱりどうかしている。

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