Side_Robin_5
「航海士さ……」
「結局さ」
けれどうつむいたのはほんの数秒のことで、どうしたのかと思い名前を呼んだロビンを遮って顔をあげた航海士は、さっぱりとした顔をしていた。
「人が最後に信じるのって、やさしさだって、あたしは思うの」
「え?」
「人が最後にすがるのって、やさしさだって、あたしは思うんだ」
唐突にそう言った航海士の真意がわからなくて、ロビンは戸惑う。
「どんなに傷ついても、裏切られても、打ちのめされても……やっぱりね、人はどうしたって、最後にはそこんとこにすがっちゃうと思うのよ。もううんざりとか、こりごりとか、そう思いながらも、信じたくなっちゃうと思うの。もしかしたら、考古学者で過去を大事にする頭のいいロビンなら、今までのうれしかったことや楽しかったこと、満たされたこと、そんなのを全部、後生大事に抱えて、生きていくこともできるのかもしれない。でもさ」
航海士はそう言ってロビンの頬に手を伸ばし、サイドの髪を耳にかける。
「聞こえてますか、ロビンちゃん」
少しだけ顔を寄せられて、発された言葉。
そう言って笑った航海士の顔は、10も年上であるはずのロビンを子ども扱いしては追い詰める、意地悪な笑顔になっていた。
でもそれは名前を呼んだ一瞬のことで、すぐにロビンのすべてを許し受け入れるような、やさしいやさしい笑みに戻る。
かあっと顔に熱が集中するのがわかったけれど、どうにもできなかった。
「あたしはさ、ロビンに見せたいんだ。どんどん欲張りになって、思い出だけじゃ足りなくて、明日もあさっても新しい思い出がほしいって、そう思えるような今日を、ロビンに見せたい」
「……っ」
見たい、と言えたらいいのに。
見せて、と言えたらいいのに。
言うわけにはいかないの。
それは、あなたを闇にのまれていく私の未来の道連れにすることだから。
それは、あなたに一緒に死んで欲しいと言うのと、同じことだから。
それなのに、腿の上に置いたロビンの手に、航海士が重ねてくれた手のひらが、まるで自分をその闇から引き上げてくれるように感じてしまって。
振り払えない自分は、ほんとうにずるくてどうしようもない人間なのだと思った。
それでも。
「届いてますか、ロビンちゃん」
そんなどうしようもない自分をさえ包み込むように、航海士がおだやかに笑うから。
視界がにじみ、目じりからあふれていくあたたかなしずくを、ロビンは止めることができなかった。
航海士はこつりと、ロビンの肩に自分の頭を寄りかけて、目を閉じる。
ロビンも少しだけ航海士に頭の重みを預けて、目を閉じた。
いつもロビンを追いかけてきた暗闇は、今。
波の音と航海士の息づかいがおだやかに耳にひびく中、つながれた手からぬくもりが伝わる、やさしい時間に変わっていく。
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