Side_Robin_4
「ロビン」
名前を呼ばれてはっと我に返ると、いつの間にか航海士の瞳が開かれていた。
「何考えてたの?」
「別に、考え事、というほどのことでもないの」
ただあなたを見ていたの、とはもちろん言えずに、ロビンはそう答えながら航海士から手を離した。
「眠れないの?」
「あなたこそ」
ロビンがそう言うと、航海士はくくっと笑って、「違いないわね」とつぶやいた。
「で、何を考えてたの?」
先ほどやんわり答をはぐらかした質問を、航海士は再び口にする。
今日は見逃してはくれないらしい。
「航海士さんは……」
そこから続けるはずだった言葉は、ためらいのために飲み込まれてしまった。
でも、航海士はそれをとがめることなく、ロビンにやさしいほほえみを向けていた。
こういうときの航海士は、ほんとうに気長にロビンの言葉を待ってくれる。
催促するでもなく、あきらめるでもなく、胸に飲み込まれてしまった言葉にさえじっと耳をかたむけてくれる。
そうすると、ロビンの心はまた外側からも内側からもあたためられて、今、このひとときを胸に刻みたくなって……
ためらって飲み込むはずだった自分の言葉に、航海士がどんな言葉を返してくれるのか、期待して。
そうしているうちに、押し込んだはずの言葉は、ロビンの声に乗ってみちびきだされてしまう。
そんなときには、まったくもって自分の方が子どものようだ、といつも思う。
ロビンは航海士から焚火に視線を移して、短く息を吐いた。
ゆらゆらと揺れのぼる火は、まるで航海士の前にさらけだされる自分の心のようだと思った。
「航海士さんは、人は思い出だけでも生きていけると思う?」
ロビンがようやくそう問いかけると、航海士は身を起こして、膝を抱えて座った。
「……あんたはまた、厄介なこと考えるわね」
苦笑しながら、航海士は答えた。
「あたしには絶対無理だと思うし、ロビンにだって無理だって言いたいとこだけど」
航海士の瞳にも炎の揺らめきが映りこんで、その瞳は髪の毛と同じ橙色に染まっている。
「それが現実よりも、未来よりも、ずっとずっとやさしい思い出なら、あんたは生きられるのかもしれない」
航海士はまた、いとも簡単にロビンの心を見透かしてしまう。
現実よりも、未来よりも、ずっとずっと、やさしい思い出。
それはまさに、今のロビンがこれからを生きられるように、大事に集めているものだ。
「ロビンはどう思うの?」
航海士はロビンの方を見ず、焚火をじっと見つめながら問い返した。
「……わからないわ」
「そうよね、ロビンは思い出だけで生きていけるようになりたいから、あたしにそんな残酷なこと、訊くんだもんね」
航海士が自嘲するように言ったその言葉に、びくりと心臓が跳ね上がる。
あまりにも何もかもを見透かされて、怖いくらいだ。
「残酷なこと?」
それ以上踏み込まれるのはさすがにこわくて、会話の流れを少し逸らす。
航海士はそれをさえ見透かすように、咎めるような目でちらりとロビンを見たけれど、それだけだった。
「別に、今はそれでいいよ、ロビン。今は、それでいいんだけど、いつかはさ……」
そこまで話すと、航海士はきゅっと一文字に口を結んで、膝に額をつけてうつむいてしまった。
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