Side_Robin_2



こんなにクルーたちが落ち着かない夜は初めてだな、とロビンは思う。

船長の強さを信じているには違いないのだろうが、それが心配しないこととイコールで結ばれるわけではない。

モンブラン・クリケットの家を襲撃した海賊は、昼間情報収集に出た船長たちにケガを負わせた海賊でもあったらしく、船長ひとりで街に戻るのは、ロビン自身、いささか心配ではあった。

だが、七武海のひとりであったクロコダイルでさえ彼にはかなわなかったのだから、その辺のルーキーに負けるわけはないだろうと、自分を納得させることにした。

なんともおかしなことだな、とロビンは思う。

『仲間』の心配なんて、いまだかつて、この自分がしたことがあっただろうか。

多くの人間がケガを負っているにもかかわらず、賑やかに修繕を続けている長鼻の少年と船医のいる船へ、ロビンは視線を送る。

みながみな、『ほんとう』の笑顔で笑えるところ。

この世界にそんな場所があるなんて、想像したこともなかった。

でも、そのあたたかさは、自分にとっては諸刃の剣だ、とロビンは思う。

他人の心配をするより先に、自分の身を守ることを第一に考えなければならなかった毎日に比べて、この船に乗ってからは、他のことについて考える時間が多すぎた。

いつ裏切られるか。

裏切られるまでの時間をのばすためには、何を差し出すのがもっとも効果的なのか。

誰に取り入るのが一番この身のためになるのか。

一番動向を気を付けなければならないのは、誰なのか。

もし裏切られたなら、どのぐらいの逃げ道を確保できて、どの逃げ道が一番安全か。

どのタイミングでなら、もっとも穏便に離れられるか。

その合間に確保できた時間にやっと、ポーネグリフについて考えることができた。

そうやって身を守るために考えをめぐらせたり行動しなければならなかった時間が、この船では必要とされない。

もちろん、リオ・ポーネグリフを見つけ出すという夢が潰えた今、前よりも身を守ること、生き延びることに執着しなくなったのは確かだと思う。

それでも最初の頃は、クルー全員の動向を多少は気にしたけれど、今ではあまり考えなくなった。

実際、身を守る必要がないどころの話ではない。

おまえのことを信用したわけじゃねぇ、とはっきりと言った剣士でさえ、そう言いながらもロビンのことを守ってくれる。

サウスバードの森で、剣士はロビンに向かってくる動物にまで刀を向けていた。

自分のことは自分でどうにかできたけれど、それを見ていたらなんとなく言い出せなくなってしまい、それどころか、いちいち討ち取ってはかわいそう、などと感謝とは逆の言葉を口にする始末。

ただ、この船を信頼しているのか、というと、違うような気もする。

かといって、この船のクルーたちに、今までと同じように裏切られてもいいかと問われれば、それもまた違った。

むしろ、この船のクルーだけには裏切られたくないと、そう思う自分がいる。

信頼しているわけでもないのにそう思うなんて、都合がよすぎると自分でも思うけれど、その気持ちはごまかせなかった。

この船は、力でロビンを守ってくれるだけでなく、ロビンの心までも、そのやさしさでこれでもかというほどあまやかすから。

中でもいっとうロビンをあまやかすのは、鮮やかなオレンジ色の髪の毛を持つ少女。

ロビンはかたわらに体を横たえている航海士に視線を落とす。

オレンジ色の、たいようのような髪を持つ航海士がその心で照らすのは、この船の行き先ばかりではない。

航海士は、夢を失ってさまようロビンの心さえも照らしてくれた。

そうして、そのあたたかさでもって、20年前のあの日に凍りついたはずの心が、温度を取り戻しはじめているのがわかる。

ロビンは航海士にそっと手を伸ばし、頬に落ちている髪の毛を、静かにかたちのよい耳にかけた。

航海士はそんなロビンの行動に気づいているに違いないのに、少し体を震わせただけで、目を開いたりはせずにロビンの好きなようにさせてくれていた。

『ロビンはさっきからあたしの頭をなでているわけだけれど、どうしてか、わかる?』

そんな航海士の問いかけを、思い出す。

そんなこと、わかってる。

とうに、知っている。

柑橘系の香りがすれば航海士を思い出し、その姿を探してしまう。

航海士の声が聞こえれば、その声の方向に視線を向ける。

航海士の言葉に揺らされたくて、不躾な視線や問いかけの言葉を投げかけてみる。

夜、寝ぼけてすり寄ってくる寝相の悪い航海士を、振り払わずにそっと抱きしめてみる。

そんな風にロビンが行動してしまう理由にあてはまるのは、まぎれもなく、航海士がいうところの愛情があふれるからだ。

けれど、この想いを伝えることはないだろう。

この想いを伝えるということは、自分を追いかけてくる闇に、彼女を引きずりこむということだ。

それはロビンの望むことではない。

この船でずっと笑っていることができたら、どんなにいいか。

そうして、航海士に想いを伝えることができたら、どんなにいいか。

時々、ロビンはそんな、ありもしない未来に想いを馳せることがある。

航海士のそばにいるだけで、胸から何かほっこりとあたたかいものが全身にしみいるようにわきだして、そのあまりのあたたかさに泣き出したくなってしまうのは、あふれるものが、愛情だから。

航海士は、その表情や言葉や体温で、ロビンの心を外側からあたためただけではない。

ロビン自身、自分には生涯無縁で抱くこともないだろうと思っていた感情の芽生えをみちびくことで、内側からもロビンの心をとかしたのだ。

ただただ、ありがとう、と思う。

ありがとう、航海士さん。

私にそのぬくもりを、教えてくれて。

36度よりも少し高めの、言葉と体温をくれて。

そう感謝の気持ちを伝えることができたら、どんなにいいだろう。

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