Side_Robin_6



「流れ的に、どう考えたってそれ以外ないでしょうが」

くくっと笑った航海士の髪の毛は、手にふわりと心地よくなじむ。

いつまでも触っていたいほどだ。

「答えはくれるのかしら?」

「知りたいの?」

挑戦的な航海士の瞳に覗きこまれて、思わず心がすくんでしまう。

何故だかわからないけれど、ここで答えてはいけない気がした。

ここで肯定してしまったら、もう二度ともとの場所には戻れない、そんな畏れに心が支配される。

それなのに、肯定させてほしい、うなずかせて、もう二度とこの場所から動けなくして欲しいと、そんな矛盾したことを思う自分も確かにいて。

「ま、あたしもよくわかんないけどさ」

けれど航海士は、それ以上ロビンを問い詰めようとはしなかった。

「でも、こう、理由なく動いちゃうときってあるでしょ? たとえばさ、ロビンが歴史の本をよく読んでる理由は、面白いとか、そういう家系だったとか、昔の人の声が聞きたいとか、いろいろあると思うんだけど、そうやって説明すればするほど、『ほんとう』から遠ざかると思わない? あたしがこの船のクルーでよかったなって思う理由も、クルーたちがいいやつとか、居心地がいいとか、楽しいからとか、好きなことしてていいとか、いろいろあるんだけど、やっぱり理由をあげればあげるほど、『ほんとう』から遠ざかっていく気がするの。そういうときにさ、ずばり、それが『愛』なんだって言っちゃうと、そんな大げさなひとこと用意しなくてもいいんじゃないとか、逆にそんなきれいごとで済まされるもんかって思ったりもするんだけど、同時に、すごく腑に落ちるのよ」

問い詰めないけれど、ほら。

航海士はまたロビンの心に『ほんとう』の言葉を投げ込んで、波紋を広げてしまう。

「だから、なんでかわからないけどそうせずにはいられない……そういうことのさ、根底にあるものが『愛』なんだって、そう言うこともできるんじゃない?」

「……そう、かもしれないわね」

「ま、種類はあるだろうけどね。仲間としての愛情、家族としての愛情、友達としての愛情、自分の宝物に対する愛情、夢に対する愛情、それから、尊敬をこめた愛慕、いろいろね」

そこまで話すと航海士はふっと短く息を吐き出し、ロビンを見据えた。

「でさ、ロビンはさっき、日誌を書いてるあたしをじっと見つめていたけれど、どうしてだか、自分でわかる?」

挑みかかるような、まっすぐな琥珀色の瞳。

射すくめられて、動けなくなる。

「それにさ、ロビンはさっきからあたしの頭をなでてるけど、どうしてか、わかる?」

答えられずに止まってしまったロビンの手を、航海士はつかんだ。

「あたしはさ、ロビンが好きなように頭をなでさせて、そのままにしておいたわけだけど、どうしてか、わかる?」

航海士はロビンを見つめたまま、つかんだ手を口元に運び、そっと甲の部分に口づけた。

触れた箇所が熱を持ち、全身に伝わって、焦げつきそう。

逃がさないで。

どうか、離さないで。

そう思ったのに。

「手の甲へのキスは、尊敬のキス。花言葉にさえくわしい博識なロビンへの、ひとつの愛情ね」

そう言って航海士はロビンの手を離し、「シャワー浴びてくる」と言って部屋から出ていってしまった。

ほのかな柑橘系の香りを残して去っていくその背中を、ロビンは見送ることしかできなかった。

せめて、「ロビンならどこにしてくれる?」と、冗談まじりにでもいいから訊いてくれたなら……

友情の額でも、憧憬のまぶたでも、懇願の手のひらでも、愛情の唇でさえも。

あなたに触れたいと望んだ、この気持ちを叶えることができたのに。

あなたに触れる口実になったのに。

たとえ私が、あなたにこの想いを伝えることが、永遠になくとも……

ロビンはこの船に乗って初めて、自分がさみしさを感じているのだと気づく。

夢も潰えた今、何も手に入れる気などないくせに。

生き延びた惰性でこの船にたどり着いた自分には、もう何の望みもないはずなのに。

もとより、何も望んではいけない自分なのだ。

生きること、そのものさえ。

そんな自分がさみしいなんて感情を抱いてしまった愚かしさに、心底うんざりもしたけれど。

先ほどまで航海士がいた場所に体を横たえると、少しはこの身の孤独も癒える気がした。

たとえそれが、一時の錯覚に過ぎなくとも。

航海士の残り香の中でまどろむこのひとときは、孤独とともに生きてきた自分に唯一与えられた、静かであまやかな、さみしさへの抵抗。

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