Side_Robin_3



「これなんだ」

船医が持ってきた本は、女部屋にあった短編集だった。

ロビンも航海士に借りて3日ほど前に読んだから、開かれたページに描かれている挿絵を覚えていた。

どちらかといえば小説よりも童話に近い、穏やかで優しい物語を集めた短編集。

開かれたページには、ひまわりが描かれていた。

「この花、何て言うんだ? おれ、見たことなくて」

「船医さんは、冬島の出身だものね」

「うん。だからおれ、薬草とか薬の調合に使える植物は知ってるんだけど、花の名前とかはあんまり知らないんだ。ドラムには、花の咲く植物はほとんどなかったから」

「そうなのね」

ロビンは相槌を打つと、これはひまわり、と挿絵に描かれた花の名前を告げた。

「ひまわり?」

「ええ、そう。夏に咲く花よ」

ロビンがうなずくと、船医は「不思議だなあ」とつぶやいた。

「どうして?」

「この話は冬の国の話だし、花なんて全然出てこないんだ。なのに、最後のページに夏の花、なんだろ? どうしてかなあと思って」

船医はロビンの膝の上で、わずかに首をかたむける。

そのかわいらしい姿を見て、思わずロビンは船医をなでてみたりする。

「確か、とても寒い国に住む、女の子のお話よね?」

年々下がっていく気温のせいで食物も育たなくなって、国民が国の未来への希望を失い始めたとき、ひとりの女の子が希望を取り戻すために新しいたいようを探しに行く、そんな物語。

「ロビンも読んだことがあるのか?」

船医の問いかけに、ロビンはうなずく。

「たぶん、ひまわりの性質と、花言葉がヒントだと思うの」

「花言葉?」

「花には、ひとつひとつに意味があるのよ。たとえば、船医さんが好きな桜なら『心の美しさ』とか『精神の美』。航海士さんの好きなみかんの花なら、『清純』」

「へー! ロビンはほんと、何でも知ってるな! すごいな!」

「知らないことも、まだまだたくさんあるわ」

こんなことで素直な感動を示してくれる船医を軽く抱きしめると、ひなたの匂いがした。

けれどもそれ以上力をこめると、すぐに「やめろやめろ」と船医がばたばたしたので、ロビンは名残惜しい気持ちで腕の力をゆるめた。

「じゃあ、ひまわりは?」

「ひまわりの花言葉は、『あこがれ』とか『あなただけを見つめる』とか。ひまわりはいつもたいようの方を向いて咲くから、ついた花言葉なのかもしれないわね」

「そうなのか! だから最後は、ひまわりが咲いた絵なんだな。じゃあ、これは氷の国の未来の絵だってことなのかな……それって、夏の植物が咲けるくらいにあったかくなるってことだから、いいことだな!」

物語の未来を想像して喜ぶ船医の純粋さに、ロビンもなんとなく胸があたためられた気がした。

「その他には、『愛慕』という意味もあるわね」

「あいぼ?」

「言葉通り、愛して慕うこと、ね」

「あいして、したうこと……どういうことだ?」

「したう、というのは、憧れの人みたいになりたいと思って、追いかけることだけれど……」

船医はくるりと顔をロビンの方へ向けて、きらきらとした目で尋ねてきたけれど、ロビンにはその続きはあまりに難しくて、答えられそうになかった。

「愛して、は……私にも難しくてわからないわね」

「そっかー。ロビンにもわからないこと、ほんとにあるんだな」

えっえっえっ、と独特の笑い声を船医はあげる。

「じゃあ、もしもおれが先にわかったら、教えてやるな!」

「ふふ……楽しみにしてるわ」

少し得意気に笑った船医に、ロビンはそう答えた。

船医がそれを理解する日がくるまで、自分はこの船にいられるのだろうか、と思いながら。

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