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ロビンの突然の言葉に、ナミは一度目を伏せたけれど、すぐに顔をあげて笑い返した。

「知ってるわよ。だいぶ前から」

「そうね」

ロビンも笑顔で返すと、耳元で小さな音を立てているナズナを、ナミの手ごと顔の前に持ってくる。

ふたりの間の、つないだ手の中にある小さな花は、春風を受けてゆるやかにそよいだ。

「前に話した、『花束をキミに』という本の中に、こんなお話があるの」

「うん」

「お姫様に恋をした男の子のお話。身分違いの恋の、ありがちな物語ね。小さな頃は身分など気にせずに、お城の中庭で仲良く遊んでいたふたりだったけれど、男の子はやがてお城の兵士になってお姫様を守る仕事につく。ふたりの間には恋が芽生えていたけれど、身分の差を考えれば、かなうはずもない想い。だから、兵士としてそばにいられるだけでも幸福だと思おうと、主人公は自分に言い聞かせていた。でもそれも、美しく成長したお姫様に、隣の国の王子様との結婚の話が持ち上がるまで」

「ほんとにありがちね」

ナミがそう言って肩をすくめてみせたので、「そうね」とロビンも苦笑した。

「お姫様がそれでしあわせならばと、主人公は身を退こうとしたのだけれど、ふたりは両想いだったから、お姫様は嫌だって言うの。結婚したくないから、助けてって。主人公は迷うわ。自分と一緒に逃げたいと言ってくれるのはうれしい。けれど、失うものがない自分に対して、何不自由なく育ってきたお姫様が失うものはあまりに大きすぎる。でも、迷いに迷った末、お姫様が失ったものの分だけ自分がしあわせにしてあげようと、主人公は覚悟を決めるのね」

ロビンはそこでいったん言葉を区切ると、その手のひらで包んでいたナミの手ごと、ナズナを少しだけ揺らした。

「そうして、結婚式の前日。結婚式の準備のために周りを家来に囲まれたお姫様に、ただの兵士に過ぎない主人公がふたりきりで会うことはもうできなかったのだけれど、兵士たちの前に姿を現したお姫様に見えるように、主人公は花を掲げるの。目立たない、小さな野の花を。それは周りの人間は知らない、ふたりだけの秘密の合図だった」

「それが、ナズナ?」

「そう」

ロビンはうなずく。

「何の花だったのか、物語の中には記されていない。ただ、ふたりが子どもの頃に、花を楽器のように鳴らす場面があるの。それが、ふたりの間の『大好き』の合図。その合図を見たお姫様は、子どもの頃にふたりが遊んだ中庭に夜中にこっそりと出てきて、そこにはもちろん、主人公が待っていて。ふたりでお城を抜け出すところで、物語は終わるわ」

「……ありがちだけど、しあわせな気持ちになれる物語ね」

ふたりの間で春風にそよぐナズナを見つめながら、ナミは言った。

「最後のページの挿絵は、ナズナ。だから間違いなく、『大好き』の合図を送り合う花も、ナズナだったのね」

「花言葉は?」

「あなたにすべてを捧げます。ふたりが捧げあったのは、互いの未来だった。そういう、ふたりの物語」

ロビンはナミの手からナズナをそっと抜き取ると、ナミの耳もとへと近づけて揺らし、音を鳴らした。

「でも、花がなくても、あなたには届いていたものね」

「……そうね、わかってた」

ロビンの言葉に、ナミはうなずく。

「今も、届いているかしら?」

未来を見ようともしなかったあの頃のロビンの声とは違う、ふたりで歩く未来を希求する声。

「届いてるし、あたしの想いがロビンに届いてるのも、知ってる」

ナミはロビンの目をまっすぐに見据えたまま答えた。

「じゃあ、花はいらない?」

「いらなくないわよ。くれるものはもらう主義なの」

「ふふ……知ってるわ」

「でも、ロビンだって欲しいでしょ? あたしがみかんの花をあげるって言ったらさ」

「ええ」

「やっぱり、いっぱい植えたらいいよ」

ナミは耳元でナズナを揺らすロビンの手の方へ、少しだけ首を傾け目を閉じた。

ナズナの奏でる音に、耳を澄ますように。

「サニー号にたくさん種を植えて、そうして咲いた、最初の1本が欲しい。で、その花が枯れそうになったら、またロビンの花壇に新しく咲いた花を、ロビンは届けるの。春夏秋冬、全部の季節の花を植えて、ふたりの部屋に飾った花がいつまでもそこにあるように、ちゃんとガーデニングするのよ? 本ばっかり読んでないでさ」

「わかったわ」

ロビンはうなずいて、言葉を続ける。

「でも、欲張りなナミは1本だけじゃ足りないかもしれないから、たくさん咲かせて、花束にして、贈り続けるわね」

ロビンがほほえみながら付け足すと、「言ってくれるわね」とナミは苦笑して、耳元でナズナを揺らしていたロビンの手をつかみ、その手首へと口づけた。

「手首へのキスは?」

上目遣いに、試すように、ナミは尋ねる。

「……欲望のキス」

ロビンは短く答える。

「叶えてくれるの?」

「あなたが望むのならば」

「じゃあ、ロビンのすべてと、誓いの花を」

「私のこれから、そのすべてと、誓いの花束を、あなたに」

ふたり、おでこをこつんと合わせて笑いあう。

鼻で肌をくすぐりあって、唇で心を探りあう。

手のひらで求めあって、体温であたためあう。

名前を呼びあって、それだけで、想いは伝わってゆく。

これからも、すれ違うことはあるかもしれない。

ぶつかりあうこともあるかもしれない。

それでも、贈る花束が枯れずにふたりの部屋にある限り。

ふたりの想いは壊れないと、信じてゆける。

だから、枯らすことなく。

だから、絶やすことなく。

あざやかに、咲かせ続ける。

この世界で生きるふたりの物語が、幸福な時間へとつながるものであるように。

そう、心からの願いをこめて。

この腕いっぱいの、花束をキミに。

捧げ続ける。



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