side_Robin_4
意地なんて張ってなどいないのに、航海士に「ロビンちゃん」などと、普段耳に慣れない言い方で呼ばれたことに戸惑ってしまって、否定しそびれてしまった。
コックはロビンのことをそう呼ぶけれど、航海士にそう呼ばれるのは、どうにもくすぐったくて居心地が悪かった。
自分よりずっと年下の女の子に、そんな風に子ども扱いされるなんて、今までなかったからなのだと、その気恥ずかしさをごまかす。
「その1」
航海士はそう言って、人差し指を立てる。
「さみしくなったら、自分の腕で自分自身を、自分の肩を、ぎゅっと抱きしめる。少なくとも自分は自分の味方だって、自分がここにいるって、言い聞かすの」
その2、と続けて航海士は中指を立てた。
「さみしくなったら、その感情をおし殺して、無視して、心を殺す。はじめは苦しくても、そのうち慣れるわ。心がどんなに痛くても、残念ながら心臓は止まらないから」
航海士の言葉が、ロビンの心の奥深いところを揺らす。
それは闇の中を生きてきた自分が、苦しくなるたびしてきたこと、そのものだったから。
「でも、このふたつはあんまり効果的とは言えないわね。あくまで一時しのぎ。さみしさは結局蓄積して、次により強くなって心に降るだけ。『さみしい』は、ひとりじゃ解決しないのよね、基本的に」
「じゃあ、別の方法があるの?」
ロビンが尋ねると、航海士は意外そうな顔をしたけれど、その表情を見せたのはほんの一瞬で、すぐにやわらかな笑顔にもどった。
「その3。みんなで一緒にバーベキュー。でも、あんたにはまだハードルが高いみたいだし」
その4、と航海士は続ける。
「チョッパーをよしよしなでなでする。気持ちよくて癒されるわよー。もふもふしてるの」
「確かに、触り心地はよさそうね」
そう言うと、航海士は満足気にうなずいた。
「最後にその5。誰かに『さみしい』って言ってみる」
航海士のその言葉に、みぞおちのあたりから何かせりあがって、心臓を圧迫されたように感じて苦しくなり、ロビンは航海士から目を逸らしてうつむいた。
「……言えなかったら?」
「言えなくても、伝わるから、大丈夫よ」
うつむいたままでロビンが尋ねると、自信たっぷりに航海士が返事をしたので、ちらりと横目に見ると、大きな瞳と目が合った。
「言葉じゃなくてもいいの。さみしさって引力みたい、って言ったでしょ? 目が、表情が、声音が、仕草が、さみしいって、声にならない声をあげるから。それはたいていの人にはいつまで待っても届かない声かもしれないけど、分かる人にはちゃんと届いて、どうしようもなく伝わっちゃう。だからあんたは、あんたのさみしさが誰かに届いてすくいあげてくれるのを、待ってればいいのよ」
とける、ゆれる、なみだつ。
航海士の言葉ひとつひとつが、20年の歳月の間に凍りついたロビンの心をとかし、静かだった心の水面を揺らし、波立たせ、打ち寄せる。
そのたびに息が苦しくなるのを、ロビンはどうすることもできなかった。
「それに、『さみしい』って言ったときに欲しいものってさ。ほんとうは、言葉とか声とかじゃなくて……」
そう言いながら、航海士はロビンの頬に手を当てた。
あまりにも航海士がロビンの心を揺らすから、反射的にさえ今度はかわすことができなかった。
航海士のゆらゆら揺れる瞳も、やさしく触れる手のひらも、あまりに熱くて。
こんな温度で近づかれては、心だってとかされるはずだ、と思う。
「36度ぐらいの、体温だと思わない?」
そう言って航海士はロビンの頬をやんわりなでると立ち上がり、いつの間にか酔いつぶれて眠っていたクルー達の方へと歩き出した。
遠ざかる背中に手を伸ばしたくても、身動きひとつ取れなかった。
とける、ゆれる、なみだつ。
打ち寄せる波がさらっていくのは、ロビンの何なのか。
打ち寄せる波が何をさらっていくから、ロビンはこんなにも苦しいのか。
でも。
もっともっと、持っていってしまって。
後には何も残らなくなるまで、全部、まるごと。
そう思った。
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