Side_Robin_4
「え……?」
ロビンは航海士が何を言おうとしているのか推し量ることができなくて、航海士に歩み寄ろうと動かしかけた足は、結局踏み出すことができないままに動きを止めてしまった。
「今回の件で、あたしたちを守るためとはいえ、ロビンは大事なもののためなら自分の命さえ捨てちゃうんだって知ったら、わかんなくなった。あたしたちのために何もかもを捨てちゃうロビンと、この先どうしていけばいいのか、わかんなくなっちゃったんだ」
「……ごめんなさい」
拒絶される覚悟はあると思っていたはずなのに、『わからなくなった』と航海士に口にされただけで、押し潰されるようにしおれていく心。
どうして、自分はこんなにも弱いのか……
「どうしても、あなたたちを失いたくなくて……」
でも、ここで退いては何も変わらない。
しおれていく心を奮い立たせて言葉をつむいだけれど、それでも、声に出すと同時に嗚咽してしまいそうになった。
そんな自分自身の弱さを押さえつけるように口元を手で覆うと、その指先も、声と同じように震えていた。
「別に、謝って欲しいわけじゃなくて……でも、そう……そうなのよね」
航海士は短く息を吐いたあと、ロビンの方へ向き直った。
「ロビンの戦いはさ、『失わない』ための戦いであって、何かを『得る』ための戦いじゃないんだよね。だから『失わない』ためなら、自分の命を捨てようが世界が滅びようがかまわないって思えちゃう。失う前に自分が死んじゃえば、確かにロビンは何も失わないままでいられるもんね」
まっすぐにロビンを見据えてくるコハク色の澄んだ瞳は、怖いぐらいにロビンの心を見透かしていた。
そう、確かにあのときはそうだった。
ロビンは大事なものを『失わない』ために、自分の命を捨てる選択をしたのだ。
けれど、もうそんな選択をしたりはしないと……しないように自分を変えていく努力をしようと、今のロビンは思っている。
でもそれは、どうしたら航海士に伝わるのだろう?
何もかもが足りない、ロビンのつたない言葉で。
「だけど、あんたが捨てようとしたものは……あたしがこの世界で一番大事なものだったんだよ? あんたが滅びてもかまわないって思った世界は、あたしがあんたと一緒に生きていきたいって思った世界だったんだよ? ロビンはそれを全部捨てちゃったの。あっさり……全部」
すべてを言い終えないうちに、航海士の目には涙がたまり、そうして、あふれだした。
航海士はその涙をロビンに見せたくなかったのだろう。
目を手のひらで覆い隠すと、そのままくるりと背中を向けてしまった。
「あんたが欲しいものがわかんない。あんたが『今この瞬間』以外に望むものが……『これから』に望むものがわかんない。だから、こわいのよ」
震えるきゃしゃな肩が、航海士の不安をそのままに物語っていた。
「仮にさ、ここで、あたしとロビンが抱えてきた気持ちは同じわけだから、それを恋人っていう特別なかたちにしたとして……そうしたらたぶん、ますますあたしはロビンを好きになる。間違いなく、もっと好きになって、手放せなくなる。でも、ロビンは違う……想いが深くなれば深くなるほどに、何かあったときに自分の身を犠牲にすることで、離れていくことで、あんたがこの想いを守ろうとするんだったらさ……どんどんロビンを好きになって、想いが膨らんでいく中で、あたしはどうやってその喪失を乗り越えればいいの?」
ずっと、言葉に出さずに心に溜めこんでいたのだろう。
時々嗚咽が混じりながらも紡ぎだされる航海士の言葉に、ロビンの心は、震えた。
その言葉に共鳴するように。
その想いに共鳴するように。
「あんたがそうやって、自分の死の上に、あたしの心が死んだまま生きることをかまわないっていうのなら、それは違うんじゃないの? って思うのよ。だってあたしは、あたしのためにロビンに死んで欲しいなんて、そんなこと、全然望んでない。守ってなんて、望んでない。そんなすれ違いを抱えたままで、ふたりが恋人だなんて言える? ふたりで一緒に生きている、なんて言える? 違う……そんなの違うの。ただ、ひとりひとりが勝手に、自分のエゴのままに生きただけ。お互いの気持ちを押し付けあって生きただけ」
しおれていた心が、航海士の想いを受けて、もう一度咲こうと鮮やかさを取り戻していくような感覚だった。
おそれは、ある。
弱さも、ある。
ふたりがそれぞれに抱えてきた苦しみや痛みがある。
でも、それでも。
航海士はこうして想いを伝え続けてくれているのだから。
その想いに報いる努力をするのはロビンの方だ。
そう。
いつだって、ロビンは試されていたのだ。
おまえはいったい、この世界に何を望んでいるのか、と。
「そうなっちゃうんだったら、あたしは仲間っていう関係以上に、ロビンを求めることはできない。ロビンにも、仲間っていう関係以上を求めて欲しくない。でも、好きなものは好きだから、その気持ちは簡単には消えてってくれない。そう思って、苦しくなって、つらくって、わからなくなるのよ……自分のために生きられないあんたと……他の何かを守るためなら自分はいらないって投げ出せるあんたと、あたしはどうやって向き合っていけばいいのかわからないの。だから……ごめん、ロビン。あたしには、もう……」
航海士は言葉を切り、苦しさを吐き出すように息を吐いたあと、ドアノブに手をかけた。
動き出すのは、ロビンの番。
弱いままの自分だけれど、弱いままでも一歩を踏み出すことはできる。
航海士の想いに報いることは、ロビンにしかできないから。
何より、このいとおしさを、終わらせたくはないから。
だから、なけなしの勇気を……
ロビンは自分の手のひらをぎゅっと握りしめる。
そうして、口を開いた。
「……ナミ」
[ 116/120 ][*前] [次#]
[目次]