Side_Nami_4
エニエス・ロビーから帰ってきて過去を夢に見てから、まだ数日しか経っていないのに、あの日の光景が何度フラッシュバックしたことだろう。
そのたびにナミは、自己犠牲、ということの意味を考える。
八年前、ナミとノジコを守るために殺された母の姿はまぶたの裏に焼きついていて、ふとした瞬間に思い出すことは今までだってないわけではなかったけれど、これほど頻繁に、鮮やかに思い出すことは、麦わらの一味になってからはほとんどなかったのに。
母のおかげで、ナミは今、この場所に立っている。
生かされたことを恨んでもいないし、後悔などしていない。
こうして今を生きられることに……心から笑いあえる仲間と、かけがえのない大切なひとに出会えたことに、感謝もしている。
苦しいほどに誰かに焦がれてやまず、それゆえ、その大切なひとを守るために強くさえなれる、そんな想いをこの胸に宿せたことにも。
けれど、それは今だからこそ思うこと。
ここに来るまでに、ナミがどれほどの孤独を乗り越えなければならなかったか。
ここに来るまでに、ナミがどれほどの痛みを膝を抱えて耐えしのがなければならなかったか。
それを思うと、目の前が突然まっ暗になるかのように、心の奥底にふたをして封じ込めていたどろどろとした感情がわきあがってくるのだった。
母親の犠牲の上に、生かされたこと。
『大好き』と言いながら、ナミとノジコを置いていってしまった母のこと。
『くだらねえ愛に死ね』とアーロンが言ったとおり、本来なら他人だったはずのナミとノジコを愛しさえしなければ……家族にさえしなければ、生きていられた母のこと。
考えるたびに、どこにも逃げ場のない袋小路に追い詰められていくようだった。
勝手だと、そう思ったことは何度もある。
どうしてと、思ったことはそれ以上。
ひとり死ぬのは勝手だ。
守って死ぬのだって勝手だ。
残された人間がどんな想いをするのか、あのとき母は少しでも想像していたのだろうか。
大好きなひとの命を犠牲に生き残ってしまった人間が、その後どんな苦しみを抱えて生きていかなければならないか、あのとき母は少しでもわかっていたのだろうか。
そしてそれは、ロビンにも言える。
残されたクルーたちがどんな想いをするのか、あのときのロビンは少しでも想像していたのだろうか。
愛するひとの命を犠牲に生き残ってしまったナミが……またしても誰よりも大切なひとを守れなかったナミが、その後どんな想いを抱えて生きていかなければならないのか、少しでも考えようとしたのだろうか。
大切なひとを守って死ねるなら、確かにその死は、そのひとの笑顔を思い浮かべながら終われる理想的な終焉なのかもしれない。
自分の生にも死にも、何よりほこらしい価値だって見いだせる。
けれど、大切なひとの命の上に立つ人間は、かなしみや罪悪感や憤りややりきれなさや、そんなあらゆるマイナスの感情がどろどろと混じりあった絶望の中で、見苦しく這いつくばるように生き続けなければならない。
自己犠牲というきれいな終焉とはまったく逆に、その中で自分の生に意味を見つけるのはたやすいことではない。
……置いていかれたことを、憎んでなどいない。
ただ。
置いていかれたことを、受け入れられるか?
その問いにナミはまだ、うなずくことができないのだ。
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