Side_Nami_4
ロビンの願いは『自分を除く麦わらの一味の6人が、無事にこの島を出航すること』だったのだ。
そんな献身を前に、ナミに何ができるだろう。
わからないけれど、助け出さなければ、という何よりも強い想いが体を突き動かす。
チョッパーをたたき起こしながらも頭の中は混乱していたけれど、やることはただひとつ、明確だったから、体が動くに任せた。
とにかく助けて、どれだけロビンがこの船で必要とされているかを伝えて、ロビンが選んだ方法は間違いだったのだと教えて、ロビンはこの船のクルーたちのことを全然わかっていないと叱って、でもナミもロビンを信じきれない自分がいたからそれを謝って……
頭の中では、ロビンを責めたり、自分を責めたり、ひたすらに繰り返していた。
そのせいか、ロビンを助けるために行動する自分の体を遠巻きに見ているような、そんな現実感を喪失したような不思議な感覚があった。
昔の記憶が再生される夢の中で、無力な自分をなすすべもなく見せつけられているような、そんな感覚。
でもこれは、現実なのだ。
海列車が出発する前にロビンを引き留めようと、ナミの体はヤガラに乗って駅を目指す。
一方で心では、次から次へとあふれだしてくる後悔や怒りややりきれなさや、それでも変わらないロビンへのいとしさがぐるぐるに混じりあって、もうどうしていいかわからない。
でも、この現実を悪夢にするわけにはいかない。
それだけは、確かなこと。
この現実を、取り返しのつかないあやまちにするわけにはいかない。
とにかく今は、後悔を前に立ち尽くすより動くとき。
ごめん、ロビン。
ほんとうに、ごめん。
謝罪の言葉を胸のうちで繰り返しながら、あふれだしそうになる涙を必死で押し止める。
言葉にしなくても、どうしようもなく伝わるときは伝わるのだと……だからあんたはあんたのさみしさが誰かに伝わるのを待っていればいいんだと、そう言ったのはナミだったのに。
確かにロビンのさみしさはナミへとつながっていて、それをナミはわかっていたのに、待ちきれずにロビンの心を見失い、ロビンの心に確かに存在していたナミへの想いも見失ってしまった。
言葉という形にしなければ、その想いは意味がないのだと思い込んでしまった。
言葉にしてよと、そう祈るように思い続けてきたナミだけれど。
今なら、「言葉にしなくたって、伝わってるよ」と言えるのに。
言葉にしないんじゃなくて、いっぱい悩んで、考えて、それでもどうしても、言葉にすることができなかったんだよね?
言葉にできないからって、もう、ロビンも、ロビンの中にいるあたしも、見失ったりしない。
想いが通じるとか、そういう以前に、ロビンがいとしくてたまらないという……ロビンを失いたくないという、根本のところを見失っていた。
手に入らないぐらいならない方がましなんて、ありえない。
想いが届かなくても、受け入れられなくても、いなくなるぐらいならそばにいてくれた方がずっといい。
それぐらいに、大事なひとだと思っていたはずだったのに。
いつの間にか、返ってくるものを必死になって求めているうちに、一番大切なことを見失っていた。
ロビンがナミにとって、この船にとって、絶体に必要な存在なのだと……この船はロビンなしでは航海なんてできないのだと、そう理解してもらうことを怠った。
ロビンがこの船にとってなくてはならないひとなのだと、ナミにとってかけがえのないひとなのだと、もっともっと、伝えていかなければならなかったのだ。
誰かを犠牲に差し出すなんて、この船では絶体にありえなくて、どんな結果になったとしても、みなで一緒に戦った方がずっとましだと、わかってもらわなければならなかった。
いつかココヤシ村でナミが、村のみんなに『ごめんみんな! あたしと一緒に死んで!』と言えたように、ロビンにもこの船を信じさせる必要があったのだ。
大事なひとがいつもそばにいてくれることは、あたりまえのことではなくて、その幸福な時間は突然理不尽に、圧倒的な力に奪われることがあるのだと、10年前にココヤシ村でナミは思い知らされていたはずなのに。
ごめんね、ロビン。
気づかなくてごめんね。
疑ってごめんね。
信じきれなくてごめんね。
何度だって謝るから。
もう、あんたの心を見失ったりしないから。
だからロビン、戻ってきてよ。
たとえば何も言葉にしなくたって、あんたがこの船にいてくれるなら。
たとえば何も返さなくたって、あんたの心の真ん中に、あたしたちがいるのなら。
あたしたちは、誰とだって、何とだって、この命をかけて、戦えるんだよ。
[ 96/120 ][*前] [次#]
[目次]