Side_Nami_2
『私はからっぽなのよ』
あの晩、ロビンはそう言った。
『私はもう、この世界に何も期待していないの』
その言葉を聞いて、ナミの怒りの温度は急激に上昇し、一気に沸点を超えて『バカ!』と大声をあげた。
ナミ自身、自分がかっとしやすいところがあるとは思っているけれど、いつもそれには言葉にできる理由がある。
けれど、このときの怒りに限っては何が原因だったのか、いまだにわからない。
何も期待していないと口にしたロビンに対してなのか。
ロビンの心をそんなふうに絶望の檻の中に閉じ込めた、この世界に対してなのか。
それとも、その絶望の檻の鍵を最後まで開けることができなかった自分に対してだったのか。
……今もそれはわからない。
もしかしたら、そんな自分とロビンに関する何もかもに怒っていたのかもしれない。
ただ、この船のために自分の身を犠牲にするという選択をしたロビンもバカだと思っているけれど、ナミ自身もたいがいバカだったのだと痛感する。
『私はからっぽなのよ』
それはロビンがナミについた、たぶんはじめての、ウソ。
ロビンには言わないことはきっとたくさんあったけれど、ウソをつくことはなかったと思う。
でも、今回ばかりは違った。
その唯一のウソを、見抜けないなんて……
からっぽなんて、大ウソ。
ロビンの中には、間違いなくあたしたちがいた。
ロビンの心には、間違いなくあたしがいた。
そうじゃなければ、自分の身を犠牲にしてまで、あたしたちを助けようとするわけがないじゃない。
ロビンを奪われてからようやく、そのことに気づくなんて。
古代兵器を復活させられる唯一の人間であるロビンが、エニエス・ロビーに連行されたあとどんなひどい目に合わされるのか、ロビンにわからないわけがない。
でもロビンは、死ぬまで解放されることがない、だから死んだ方がましだと思うに違いないその苦痛を引き受けることを、百も承知で政府に身を預けたのだ。
そのウソに最後まで気づけなかった自分に、ナミは絶望する。
ウォーターセブンの宿でロビンが戻って来ないことに対する不安をナミが抱いているとき、ロビンは政府に脅され、望みもしない市長暗殺という悪事に手を染めていたのだ。
そうして、からっぽの心の中を満たしてきたナミたちに憎まれてまで、この船を守ろうとした。
市長暗殺事件の噂を聞いて、その犯人がロビンなのだと言われたとき。
すぐに信じたわけじゃない。
『おまえらロビンを知らねぇくせに、勝手なこと言うな!』
そう叫んだルフィと、同じ気持ちではいた。
ただ同時に、ロビンが自ら望んで市長暗殺という悪事に手を染めることはなくとも、この船をおりるためにその選択をしたかもしれない、という疑念が頭をかすめたのは事実。
そうして。
『私の願いを叶えるためよ!』
そう言ったロビンを。
『あなたたちと一緒にいても、決して叶わない願いを!』
メリー号での姿からは想像もできない冷たい声音で、そう言ったロビンを。
『……それを成し遂げるためならば私は、どんな犠牲も厭わない』
ナミに今まで向けたことのない、冷徹な表情でそう言ったロビンを。
『誰にも邪魔はさせない』
ナミは、信じきることができなかったのだ。
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