Side_Robin_9



「ごめんなさい、航海士さん」

でももう、傷を厭っている場合ではないのだ。

これほどまでに航海士を傷つけてきたロビンもまた、それ相応の贖いをするべきだ。

「私は何も、望んではいないの」

だから今度こそ、うそぶこう。

「私が望むことなんて、もう、何もないの」

ロビンに想いを向けたことさえ後悔できるように、憎まれよう。

航海士のロビンへの想いを断ち切らなければ、これから未来へと続く航海士の道を遮ることになってしまう。

幸い、この船には航海士を守ってくれる、頼りになる男性クルーたちばかり。

その中で何故、航海士が想いを向ける相手が自分だったのか、そちらの方が不思議なぐらいなのだ。

「そんなの……そんなの、死んでるのと同じじゃない!」

「そう、ね」

ロビンは航海士の方へ手を伸ばすと、高ぶった感情を落ち着かせるように、はらりと落ちてきたサイドの髪をそっと耳にかけ直した。

「じゃあ、あんたは何でここにいるの? 何でこの船に乗ったの?」

航海士はその手を振り払い、怒りを孕んだ低く抑えた声でロビンに詰め寄る。

ロビンは振り払われた自分の手を、もう片方の手で、そっとなでた。

最後のぬくもりだと自分に言い聞かせていると、たまらないいとしさがこみあげた。

「私には、何もなかったから」

けれどそろそろ、ひとり遊びは終わらせなくちゃ。

だから、あなたを解放するわ。

「何も持たずに、けれどたぶん少しだけ何かを期待して、私は希望にあふれたこの船に乗ったけれど……結局私は、何も望んでいない自分に気づいただけだった」

だから最後に、あなたに出会うまでの、からっぽだった私を教えるわ。

ポーネグリフをたどり、語られぬ歴史を紐解く。

過去のひとびとがどうしても伝えたかった事実を、現在に呼び戻す。

それは確かにロビンの目的だった。

ラフテルにたどりつかなければという使命感も、間違いなく今もこの胸にある。

だがそれは、オハラの生き残りであるロビンが、生まれながらに背負わされた宿命のようなものでもある。

もしもロビンがオハラに生まれなかったら。

もしも母が考古学者ではなかったら。

ロビンがこの道を選んでいた可能性は、ほとんどなかっただろう。

「私は、からっぽなのよ」

生まれ落とされた惰性で、からっぽのまま、ロビンは生きてきた。

その心にあいていた空洞に、入ってきたのが航海士への想いと、航海士からの想いだった。

互いの想いは心の中で混じりあって、あたたかくロビンを満たしてくれた。

その想いに応えられるロビンであったならば、まだよかったのかもしれないけれど。

青キジが姿を現した今、この船を降りるカウントダウンはもう、始まっているのだ。

「私はもう、この世界に何も期待していないの」

そう言った次の瞬間、航海士の目からは耐えかねたように涙があふれた。

あなたを傷つけるのが、これで最後になればよいのだけれど。

ふたりの重ねてきた時間は短くとも、樹からしみだす蜜のように、ふたりをあたたかく包み閉じ込めてしまうような時間だったから。

ふたりの関係が完全に終わりになるのは、もう少し先になるのかもしれない。

「バカ!」

そう思いながら言ったロビンに航海士がそう大きく叫ぶと、船室へのドアが開き、他のクルーたちが『どうしたのか』とそれぞれに心配しながら出てきた。

「何でもないわよ! ほっといて!」

航海士はぐいと手首のあたりで涙をぬぐい、大声で言うと、みかんの木の方へと走って行った。

大声にたじろいだクルーたちは、今度はロビンに「大丈夫か」とか「何があったのか」と聞いてきたけれど、ロビンが「何でもないわ」と首を横に振って突き放すと、納得のいかない顔をしながらも船室へ戻っていった。

ロビンはもう一度、夜空を仰ぐ。

夜空に輝くアルファルド……『孤独なもの』を中心に、星の数をもう一度数える。

ひとつ、ふたつ、みっつ……

出会ったこと。

笑いあったこと。

言葉を交わしたこと。

よっつ、いつつ、むっつ……

手をつないだこと。

頭をなでられたこと。

抱きしめられたこと。

ななつ、やっつ、ここのつ、とお……

頬に残る涙の感触も。

唇を重ねて交換した吐息も。

肌にやさしく触れる手のひらの感触も。

ひとつにとけあう皮膚の温度も。

全部あなたが私にくれた、大切な思い出。

あなたがどこかで笑ってくれているこの世界で、私は星を眺めるたびに、あなたがくれたすべてを思い出せると思うの。

思い出すために、空を見上げると思うの。

あなたが私に『好き』と告げて、その想いを私に預けてくれたと同時に。

私があなたの想いをすべてこの胸にしまいこんで、あなたの記憶ごと持って行けたらよかったのにと、そう思うわ。

そんなことはありえないのだとわかってはいるけれど。

私がこの世界に生きている間は、この想いも、記憶も、永遠だから。

あなたを思い出すたびに満たされる私がいるように。

いつかあなたにも、想いを返してくれる誰かが現れることを、切に願い続ける。

それがあなたの想いを不毛なままに終わらせた私にできる、唯一の償い。



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