Side_Robin_8
「ねぇ、どうしたらいいのかな、ロビン。あたしもう、わかんなくなっちゃったよ。あたしがどうすれば、あんたはしあわせなの?」
航海士に問われて、ロビンは知らずうつむいていた顔を持ち上げた。
航海士は怒りもかなしみもさみしさも、どんな感情もそこからはうかがえない、静かな瞳でロビンを見つめていた。
「何でもいいからさ、答えてよ。あたしはもう、ロビンにあたしの想いを伝えた。行動でも、あたしがどんなにロビンを求めているのか、示した。で、あたしたちの関係は、もうどうしようもなく行き止まりなんだな、っていうのもわかってる。あたしとロビンの想いは、すれ違いすぎてるから。『好き』っていう……『愛してる』っていう、想いの根っこの部分が同じでも、これだけお互いの行きたい方向が違ってたら、もうしょうがないじゃない」
そこまで言うと、航海士は力なく笑った。
「でもさ、自分で『なら終わりにしよう』って決めたところで、終われるわけないのよ。そう決めた瞬間から何か変われるわけじゃなくて、相変わらずあたしは、あんたをどうしようもなく好きなわけ。自分で決めて終わりにできるぐらいの、そんな生半可な気持ちであんたを好きって言ったわけじゃない。こうやって、絶望的なこれからについてしか話せないのに、むかつくくらいに好きなのよ」
愛してる。
確かにその通り。
この感情は、他に名付けようもない。
ただ、いつか憧れるうちに憧れることさえ忘れてしまっていたその感情が、こんなにも醜い自分をつきつけるものだとも思っていなかったけれど。
「だからあんたも、言葉にしてよ。あたしの想いを受け取れない、でもいい。あたしとの未来を信じきれない、でもいい。あたしが嫌い、でもいい。もっと頼れる男がいい、でもいいし、女と付き合うなんてありえない、でもいいの。どんな嘘だって信じるし、なんならもう、今までの曖昧な関係のままでいたい、でもいいわよ」
どれだけ自分の心を傷つけながら、航海士はロビンにそう告げているのだろう。
それを想うと、ほんとうに、今すぐにもう、消えてしまいたかった。
雪が手のひらの上でとけるように、白い息が空気にとけこむように、舞い降りた雪が海に沈みこむように。
自分の存在すべてをなかったことにしたかった。
でも、そんなきれいな終焉は、人間には用意されていない。
人間が消えるときは、肉体は目を背けたいほどに醜く腐り落ち、朽ちていくだけだから。
きれいな終焉なんて、幻想に過ぎない。
「とにかくさ、ロビン。何でもいいから、あたしに願ってよ。あたしにどうしてほしいのか、あんたの想いを言葉にして」
そう言って航海士は起き上がり、ロビンと向きあって座り直した。
「……ごめんなさい」
これだけ傷を負いながらも、ロビンに歩み寄り、寄り添おうとしてくれた航海士にロビンができることはもはや、終わりを告げることだけ。
今まで生きてきた中で、ロビンが他人を犠牲にして生き残ってきたのと同じように、ロビン自身もまた、存在を否定され、踏みつけにされ、心身ともに傷ついてきた。
自分の存在の軽さを思い知らされて、もはや、これ以上傷つくことなんてないだろうと思っていたのに。
ロビンが今一番恐れているものが、この20年を生きてきたどの場所よりもやさしいこの船だなんて……今まで隣にいた誰よりもあたたかな時間をくれる航海士だなんて。
そんな皮肉な現実、考えてもみなかった。
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