夏休みも終わりに近づき授業がまた始まるという現実に、ある者は何か事件が起きて学校があと1ヶ月休学にならないかと星に願い、ある者は白紙の紙束たちにこれまでの夏の思い出を語り、またある者は現実との戦いを放棄し残り僅かな夢の時間へと旅立つ。
そんな中、雷門中サッカー部の一年生たちは残り少ない夏休みを楽しもうと、部活後皆で夏の定番行事に来ていた。
「わぁあー!!屋台いっぱいだ!」
輝が目を輝かせて立ち並ぶ屋台を見渡した。どこかしこから流れる食欲を誘う匂いは食欲旺盛な中学生男子の嗅覚を刺激して止まない。
「はいはーい!わたしリンゴ飴食べたい!」
「ぼくは焼きそばと綿あめと、からあげとジャガバターと焼き鳥とたこ焼きとベビーカステラとー」
「信助くんどれだけ食べる気なの…」
葵に乗り信助が口の端からヨダレを垂らしそうになりながら言うと、狩屋がすかさず突っ込む。
葵は赤地に紫や黄の桜の花模様がついた鮮やかな浴衣を着ており、髪型も編み込みに大きな花のピンをつけている。信助、輝、狩屋、天馬は甚平だ。
「空野さん、綺麗だよ」
輝が言うと葵は照れた風にありがと、とお礼を言い少し後ろで天馬と並んで話していた剣城に目を向けた。
「剣城くんも浴衣なんだもんね」
「天馬が着せたい着せたいって言って絶体着ないって意地張ってたのにね」
「天馬くんの押し勝ち?」
狩屋が意地の悪い顔で笑った。
「でもすごく似合ってるし、いいんじゃない?」
輝が純粋に褒めるとちょうど天馬たちが追い付いてきた。
「どうしたの皆こっち見て。…あ、もしかして皆揃って京介に見とれてた!?ダメダメ!京介は俺が視姦して穴があくまで見つめた後でおんぶしてもらってうなじを舐めまわすんだから!!」
「おい待てそんな気持ち悪いこと考えてたのか」
剣城が驚いた隙をつき腕に抱きつく天馬をまた始まったと半ば諦めを含んだ眼差しで皆が見る。
どうして浴衣を着る気になったのと信助が聞くと、剣城は眉を寄せた。
「こいつが兄さんに頼んだんだよ、オレに着てくれるように言ってくれって。兄さんも兄さんであっさり承諾するから…」
こいつ、と腕にくっつく天馬の頭を掴み引き剥がそうとするが天馬もしぶとく踏ん張っている。
葵が苦笑した。
「お兄さんに弱いもんね剣城くん」
「でも天馬くんが頼んだってわかってたんだろ?別に断ることもできたんじゃないの?」
「それが…兄さんから連絡を受けた母さんが張り切って浴衣を買ってきたんだよ」
狩屋の疑問も尤もだったが、家族で連繋されては勝ち目がない。敗北を悟った剣城の無念が伝わってきた。
その空気をあえて読まず、天馬が明るい声を出す。
「でも剣城ほんとにかっこいいよ!思わず会った瞬間に連写しちゃった」
「消せ」
「もー剣城は照れ屋だなぁ。そんなとこも愛してる!」
「いいから消せ」
剣城のドスの聞いた声をモノともせず、携帯を出してまた撮り始めた天馬と撮られまいと逃げる剣城の追いかけっこになったので、それを無視して信助たちは屋台を端から回っていくことにした。そのとき腹の虫が大きく鳴り狩屋が頬を赤らめる。
「あははっ、狩屋のお腹元気だね」
「べ、別にいいだろっ。信助くんに言われたくないし」
「狩屋くん何が食べたいの?あ、あそこに大盛焼きそばってあるけど買ってこようか」
「輝くん…楽しそうだね」
「狩屋くんが面白いからだよ」
葵と一緒にねー、と同意し合い笑う二人に狩屋は分かりやすくムッとした表情を出した。が、顔からはその雰囲気を楽しむ色も出ており、別にオレは面白くない、と反発しながら口元は笑いを堪えていた。
そして言った通り輝は大盛焼きそばを二人前買ってきて、天馬と剣城も混ざり絡まる麺に苦戦しながら平らげた。
「やっぱ屋台の焼きそばサイコー!」
「うまかった」
「剣城と同じ麺食べてあわよくば…って考えてたのに」
「これで剣城じゃなくて狩屋とだったら面白かったかもねー」
「止めてよ信助くん!天馬くんとなんて嫌だからね」
「大丈夫だよ狩屋!狩屋とちゅーするくらいだったら先に剣城押し倒してるから!」
「それ高らかに宣言することじゃないよね!」
「じゃあ狩屋は誰とならいいのさ」
「え…?…じ、じゅんじゅん?」
「わー狩屋くんマジレスww」
「狩屋くんやばwwww」
輝と空野と、皆が笑いを堪える反応になぜだかじゅんじゅんも馬鹿にされた気になった狩屋は膨れっ面になり天馬を指さした。
「なんで天馬くんは良くてオレは駄目なの!」
「それは全て剣城がかわいいから…」
「お前は黙ってろ」
「剣城に怒られたー!やったー!」
「よかったね天馬くん!」
「そいつの悪ノリに乗るんじゃない影山!」
終始そのようなテンションで騒ぎ、予告通りに信助は全て食べて見せ周りを騒然とさせた。
腹が満たされた後は射的や金魚すくいに輪投げ、存分に祭りを堪能していたが、最後尾にいた剣城の動きが次第に遅くなり、やがて止まってしまったのを天馬が気がついた。
「どうしたの剣城」
「…草履が」
草履を脱がせて足を見ると、指の間が擦って赤くなり少し出血していた。よく今まで歩けたなというぐらい真っ赤になっていて、天馬は慌てて皆を呼んだ。
「これは…暫く歩かない方がいいわね」
「大丈夫、剣城…?」
「ああ」
「とにかく、打ち上げ花火まで時間あるから、剣城くんは休んでた方がいいわ。場所はちょっと遠いけどここでいいよね、皆」
「剣城くん…」
「うちのエースの足なんだから大事にしないとね」
「剣城はここで休んでて。僕らで飲み物買ってくるよ」
輝、狩屋、信助も心配そうに声をかける。
天馬だけ付き添いで残り、皆は全員分の飲み物を買いに出ていった。姿が遠ざかると、天馬がしょぼくれた様子で口を開いた。
「剣城…ごめん。おれが剣城の浴衣みたいなんて言ったから」
「別にお前のせいじゃない」
「でも…剣城の大事な足なのに」
「たいした怪我でもないだろ」
「おれが擦り傷作るだけで大騒ぎするくせに…」
「それは…オレの足よりお前の足の方が」
「おれの足も剣城の足も同じだろ。おれだって自分が傷つくより剣城傷つく方が嫌だよ」
「天馬…」
足に怪我をしたとき、剣城が血相を変えて治療してくれたときのことを思い出す。剣城が誰よりも足の怪我を恐れることを知っていたが、同時に自分より他人の状況を重く見てしまう心根もわかっていた。
今回も痛いなんて言わなくて、歩くのが無理になるまで黙っていた。きっと祭りを楽しむ雰囲気を壊したくなかったのだ。
それに早く気づけなかった自分が情けなかったし、尚も他を優先したがる剣城の行動にすこし寂しさを覚えた。
天馬は草履を脱ぎ晒された患部に狙いを定めた。
「えいっ」
「ッ痛ったぁ!!」
赤く腫れている部分を軽く叩くと激痛に剣城が叫ぶ。
剣城は涙目になりながら天馬を睨むが天馬は通常通り、笑っていた。
「な…にすんだ…」
「痛いでしょ」
「当たり前だ!」
「ならそう言ってよ。他の人たちに言いたくないならおれにだけでも」
「ッ…」
「おれ、剣城の弱いって思うとこも全部愛したい。強いとこは充分見たし、感じた。だから今度はおれに剣城の弱いって感じる部分、見せてよ」
「…欲張りだぞ」
「うん!おれ欲張りなんだ。だから…」
天馬が自分の口を指す。呆れた風を作ってしょうがないな、と剣城は肩を竦めた。
「天馬…」
「剣城…」
目を瞑りお互いの鼻がくっつきそうになった刹那、
「天馬くーん!」
「剣城くーん!」
突然狩屋と輝の声が聞こえて、反射的にぱ、と離れて少し距離を取る。
買い物を終えたらしい皆は人数分より明らかに多い本数の缶ジュースを抱えていた。
「随分買ってきたんだな」
「暑いし、一本じゃ足りないかと思って」
「後でお金ちょうだい。おれの財布スッカラカンだよ」
「はい、天馬の分」
ありがとう、と葵から受けとるが、なぜか葵はそのまま天馬の顔をじっと見ている。首を傾げた天馬に葵は微笑み、そっと耳打ちした。
「剣城くんと、邪魔しちゃってごめんね」
「あ、葵!!?」
思わず大きい声が出てしまい皆が振り向き不思議そうな顔をする。慌ててなんでもないと誤魔化すが、正直誤魔化せていない。
葵はやはり楽しそうに剣城と天馬を交互に見返して小さくガッツポーズをした。がんばってと言うことだろう。
ひゅん、ぱらぱら、ぽん。
紺の空高く舞い上がる花たちが天馬の頬を明るく照らした。わぁ、とあちらこちらから歓声が上がり、花たちもやる気を出す。
綺麗だ。
誰だかがしんみりと呟いた。
「天馬」
狩屋たちと話していた剣城が戻ってきた。変わらず足が痛いのか、極力使わないようにひょこひょこと庇った歩き方をしている。
それが痛々しくて、誰も見ていないことを確認してから剣城を隣に座らせぎゅうと抱き締めた。
「花火、綺麗だね」
「ああ」
「…今日はおぶってもらってうなじ視姦はやめておくよ」
「まだ考えてたのか、んなこと」
「だから来年も浴衣、着てきてね」
「…ああ。今度はお前も一緒にな」
「一緒にうなじ触りまくろう!」
「いやそれはやんねぇけど」
呆れる剣城の手を取って、小声で好き、と呟いた。
夏の終わりをうたかたの花に乗せて、風に煽る少年たちは影を重ねた。
【終わる夏と続く夏】
(…天馬の声聞こえちゃったよ…剣城真っ赤だし、わかりやすいなぁ)
(花火の音で聞こえなかったことにするよ)
(輝くん大人だなー)
(そういう狩屋くんは霧野先輩とどうなの?)
(そっ空野さん!あのピンク頭は今関係ないだろ!)
(え〜ピンク頭だって、明日霧野先輩に言いつけよ)
(ちょっと信助くんオレまじで殺されるから止めようまじで止めよう)
(やっぱり面白いなぁ)
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*アトガキ*
まずギャグになってないことを御詫びします。そして天京前提だけなのに天京濃くて申し訳ないです。
お祭りネタ定番なのに結構難しくてこれではたして一年生たちは祭りを楽しめたのでしょうか…楽しめたと信じたいです
あと勝手に最後蘭マサ入れてすいません。なんか輝→マサみたいにも読み取れるかもですが意識して書いたわけじゃないです
改めてリクエストありがとうございました!!リク頂いた甘海老さまのみお持ち帰り&苦情おkです!!
お粗末さまでした!!
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